縄文時代
 13000〜10000年前に始まる。前期(6000〜5000年前)平均気温が推定2度高く、関東平野の低地の大部分が遠浅の入江となる。
弥生時代
 前期:紀元前300年頃(紀元前3世紀頃)本格的な農耕がはじまる。(縄文時代晩期の夜臼式土器の時代が放射性炭素14年代測定法で2370±50B.P.。弥生時代前期の土器の板付T式の年代が2240±50B.P.なので)。」(-221)秦始皇帝中国統一。
 中期:紀元前100年。(-108)前漢武帝楽浪郡を設置する。「漢書地理志」によれば、倭人は百余国。須玖岡本遺跡の王が楽浪を通じて漢と交渉を持つ。(西暦8年)前漢滅亡、王?が新を建国。(14)新が「貨銭」を鋳造。瀬戸内海沿岸を中心に第1次高地性集落がひろがる。近畿と出雲で青銅器の大量埋納がおこなわれる。(25)後漢建国。
 後期:近畿で第2次高地性集落がひろがる。(57)倭の奴国が後漢に朝貢して金印を授与される「漢委奴国王」。(107)倭国王帥升が後漢の安帝に生口160人を献じる。(147)桓帝(147〜167)・霊帝(168〜189)の間、「倭国乱れ相攻伐すること歴年」「後漢書東夷伝」(第2次高地性集落の後半期)。(204)楽浪郡を分割し帯方郡を設置。銅鐸のマツリ終焉。(220)魏建国。(221)蜀建国。(222)呉建国。(239)女王卑弥呼、大夫難升米、魏の明帝に朝貢す。(240)帯方郡を通じ、「銅鏡百枚」ほかうける。(248頃)卑弥呼死す。台与が代わりにたつ。(265)西晋が魏を滅ぼす。
古墳時代
 前期:(280)西晋が呉をほろぼし中国統一。定形化した大形の前方後円墳の築造がはじまる(箸墓古墳)。三角縁神獣鏡の製作が本格的に始まる。(304)五胡十六国時代はじまる。(318)東晋建国。この頃百済・新羅建国。(369)倭・百済の連合軍が新羅を破る。(372)百済王七枝刀を献ず「東晋泰和4年(369)銘の七支刀」。(382)葛城襲津彦を新羅に派遣する。(391)倭国軍が百済・新羅を攻める。(396)高句麗好太王、百済を攻める。(399)百済・倭と連合で新羅に侵入。(400)倭が新羅に進出、高句麗好太王に敗れる。
 中期(5世紀):(421)倭讃が宋に朝貢し、安東大将軍。(425)讃が宋に朝貢。(438)珍が安東大将軍。(443)済が安東大将軍。(462)興が安東大将軍。(471)埼玉県行田市の稲荷山古墳から辛亥年銘鉄剣「獲加多支鹵」。(478)武が安東大将軍。
 後期(6世紀):(507)継体天皇が越から樟葉宮へ。(511)筒城宮。(512)伽耶の4県を百済に割譲。(518)弟国宮。(526)磐余宮。(527)継体磐井戦争。(531)継体没。(534)安閑。(535)屯倉設置。(536)宣化。(540)欽明。 (538または552)百済から仏教伝来。(560)新羅朝貢。(572)敏達。(574)蘇我馬子。(576)額田部皇女(後の推古)を皇后とする。(581)隋文帝開国。(584)蘇我馬子が石川の宅に仏殿をつくる。(586)用明。(587)蘇我馬子が物部守屋を滅ぼす。(587)崇峻・飛鳥寺建立。(592)蘇我馬子が崇峻を暗殺。推古即位。(593)聖徳太子摂政・四天王寺建立。(596)法興寺完成
 終末期(7世紀):(601)斑鳩宮。(603)小墾田宮・冠位十二階。(607)遣隋使。(610)高句麗僧曇徴が紙・墨・碾磑の製法を伝える。(613)難波から大和に大道。(618)隋滅亡。(622)聖徳太子没。(626)蘇我馬子没。(629)舒明。(642)皇極。(643)飛鳥板蓋宮。(645)孝徳・蘇我入鹿暗殺・難波遷都。(646)改新詔。(647)渟足柵を造る。(651)難波長柄豊碕宮。(655)斉明・飛鳥板蓋宮・川原宮。(658)阿部比羅夫が秋田の蝦夷をうつ。(660)百済滅亡。(662)斉明没。(663)白村江で唐・新羅に大敗。(664)筑紫に防人・水城。(666)百済人2000人を東国へ。(667)大津宮・金田城。(669)中臣鎌足内大臣。(670)全国の戸籍(庚午年籍)。(672)壬申の乱で天武勝利。(679)難波に羅城を築く。(680)薬師寺。(686)難波宮火災。(687)持統。(694)藤原宮遷都。(700)道照没・火葬。