京都を出るときは、わずかに雪が舞っていただけだったが、近江に入るとすっかり外は銀世界。これからむかう米沢を予感させる風景がひろがる。
 16世紀の後半に京都で描かれた洛中洛外図も、やはりこんな雪の中を北へ旅したのだろうか。ビジネスマンに囲まれて、そんな似つかわない感慨が時速270キロで翔ぶ。
 山形県米沢市の上杉博物館は、現在上杉神社のおかれている米沢城跡に隣接して建てられている。米沢駅からは、東約 キロである。歩けない距離ではないが、雪道を忘れた身にはちょっとつらいのと時間が無いのでタクシーで。
 エントランスを入ると、正面に見事な能舞台がおかれている。ホールと併設された総合文化施設でもある。展示室は右手から入る。
 展示は一部考古資料の部屋もあるが、江戸時代以降が中心で、なかでも名君と知られる上杉鷹山にかかわるものが多い。国宝の上杉文書を筆頭に、鷹山の努力で復興を遂げた米沢城下のジオラマや、米沢城跡の実大展示、そして、鷹山の改革を描いた3面スクリーンのドラマが圧巻である。
 国宝「上杉本洛中洛外図」関係では、デジタルコンテンツに工夫が凝らされている。洛中洛外図の3つの場面(町並み・邸宅・鴨川)が、短いストーリーをもった3Dムービーでプレゼンテーションされている。洛中洛外図の中を子供が駆け抜け、人々がさざめく。16世紀の京都の町角に紛れ込んだかと思うような錯覚を覚える。圧倒的な臨場感である。
 さらにこれに加えて、別のモニターでは、タッチパネルで洛中洛外図の内容がテーマ毎に検索でき、その解説も詳細画像とあわせて表示される。「上杉本洛中洛外図」の魅力をあますところなくひきだしたデジタル展示である。
 実物展示は春と秋の一時期に限られるが、精巧なレプリカを見学することができる。高さ、幅、の屏風がふたつならぶと、かつてこれを見た上杉謙信の感慨を疑似体験した気になる。


 初期洛中洛外図を代表するもうひとつの作品は、国立歴史民俗博物館に所蔵されている。
 展示は複製屏風と模型とパネルおよびデジタル展示である。
 今回はお願いして複製屏風を間近で見せていただいた。しかも小島道裕さんのご配慮により、京都駅前の道の資料館の展示のように、複製屏風を平行してならべ、その間に座って観察させていただくことができた。
 右手に下京、左手に上京である。そうすると、左右の屏風ともに前方が北になり、右隻の北端の内裏と左隻の北端の公方(柳原御所)がちょうど向かい合って並ぶことになる。これがかくありなんという配置か。
 左右の屏風に挟まれて、その中間よりやや北側に席を置くと、奇しくも、現在の烏丸中立売りあたりに自分が立っているかのような錯覚を覚える。
 左隻はよく知られているように、公方と相国寺から、ななめ後方に振り向く形で構図が展開する。それを意識して屏風を眺めると、遠くに松尾と嵯峨野が見え、近づくと、百万遍などの寺院がならび(振り返ったときの3寺院の並び方が非常に象徴的に目に飛び込んでくる)、その手前に小川の繁華街、そして、公武の邸宅群をひかえる形で、公方と相国寺が北端をおさえる。直線的な上京の構図がここでも確認できる。
 一方右隻は、北端の内裏のすぐ脇に耕作地がひろがり、町並みは、室町の通りと、屏風の右半に描かれた四条界隈の下京(構で囲まれた)にすぎない。上杉本にくらべて歴博甲本が地味に見えるのは、この右隻のイメージによるものだろう。左隻はけっして上杉本のにぎやかさに劣らないと思う。
 下京の構図は右下から左上への視線の軸があるため、座る位置は屏風の南に近いあたりが良いのかもしれない。
 デジタルコンテンツは独自に開発した高精細画像表示システムを利用した展示で提供されている。歴博甲本の場合、左右隻あわせて50インチ画面の100倍サイズの画像を7段階に縮小して格納した1GのデータをP31Gスペックマシンできわめてスムースにプレゼンされている。モニターはタッチパネルで、画面を直接タッピングすることにより拡大や移動が自由にできる。また特定のカ所についてはその説明文が別のフレームで表示されるようになっている。手軽に原画をなん倍にも拡大して自由に見て回ることができる優れたシステムである。