8月12日、シベリア
 2003年8月12日、朝からの雨がほとんど上がりかけの関西空港を11時50分の日本航空421便、ロンドン行きが離陸。飛行機は立山連峰の上空を日本海へ抜け、海岸沿いに新潟沖までくると、佐渡島を西に見たところで進路を北に向けて、ウラジオを目指す。アムール川を見たかったなあと思いながら、JとKのしてる機内サービスのゲームを見ていると、眼下は早くも、シベリアの原野
 シベリアの原野は想像していたものと全く違っていた。おそらく凍土が融けてできた水の行き場の無いものたちが、いたるところに池をつくって、みわたすばかり池だらけまたは池の跡だらけ。そしてその間を必要以上に曲がりくねっているように見える川が流れる。ここの川は走らない、あくまで流れる。もしかしたら、この必要以上に曲がりくねって見える川の元は、見渡すばかりの池の跡にできた凹凸なのだろうか。
 そんな池の跡の中で、あたかも環濠集落のようなものを見つける。まさにあたかもである。でもここはみわたすかぎりのノーマンズランド。そうではないと決めつけるのもいけないかもしれないが、でもみかけにとびついてもいけない。集落はあくまでその地域の中で必要があって存在したのである。
 いろいろな遺跡を見るときは、必ずそこで生活した人間を思い浮かべながら考えをひろげないととんでもないことになる。遺跡という専門用語も科学のためには必要だけれど、もっと人間の姿を想像しやすい、普通のことばを使えないものだろうか。
 と、池の跡を見ながら、思いつつ、北極海を望みながら、いつの間にかウラル山脈を越えてヨーロッパへ。航路はロシアの北端からフィンランドとスウェーデンの南端をかすめて、デンマークからオランダの海岸沿いをすすむ。確かに運河と耕作地が混在している。
 イギリス上空は薄曇り。ヨーロッパを空から見た第一印象は、季節の関係もあるのだろうか、緑が無い。黄色が多い。イギリスも黄色の畑がひろがって、集落が点在する。雰囲気だがわずかな高台に集落があって、そのまわりが耕地。道はその高台を目指して、放射状にのびる。そういえば、オランダの耕地で単位を探したとき、もちろん条里などがあるはずもなく、代わりに運河や川にそった地割りと、明らかに人工的な放射状の地割りがみえた。これが自然な姿なのだろうか。
 ロンドンは突然の大都市だった。空港で陽気な女性の入国審査官から家族セット大歓迎を受けて、ヒースローエクスプレスでパディントンへ。ホテルは徒歩10分足らずの場所にたつメトロポール。観光用だとばかり思っていたら、赤い二階建のバスが当たり前に走り、ケンタッキーやマック(関西ではマクドと言うらしいが)もあるアーケードの無い千本通りのような道を、スーツケースを押して歩く。雰囲気はほとんど天王寺。不思議なくらいに違和感が無い。
 でもやたら眠いとKが言うので、気が付けば、日本時間で深夜3時をまわっている時間になっていた。