9月29日 奈良市登大路の一条院跡から池が発見(読売新聞)規模は約20m四方、下層の池は11世紀後半に埋没。上層は江戸まで続く。
9月20日 博多研究会誌第9号 福岡県下における中世前期の屋敷地ほか(福岡の大庭さんから)
9月14日の午後、愛知県の鈴木さんと川井さんにお世話になって富田荘をまわってきました。しばし中世的風景の時間の中で過ごせて感動。さてその時お聞きしたのですが、愛知県のセンターでは非常に報告書編集に際してのデジタル化が進んでいるようすで、おそらく国内で最先端ではないでしょうか。詳細は倭人のHPで紹介されているそうですが、さまざまなところへ影響を及ぼす可能性が高いと思います。いずれじっくりみてみたいと思います。(今も残る富田荘の風景)
9月1・2日に大分で中世都市研究会が開催されました。実に有意義な時間を過ごすことができました。その内容は別の機会にゆずることとして、同時に刊行された中世都市研究8の中に一文を書いています。昨年の報告の採録(とは言ってもだいぶ直しましたが)です。で、その中で最後に中世後期の都市と職人に関係して上京の話を書きました。洛中洛外図の上京のイメージと戦国城下町の景観との関わりについてなのですが、そのさらに精緻な考察が小島道裕さんのいわゆる花の御所体制論です。昨年の研究会の時にお聞きして、その時はそれほど考えられなかったのですが、昨年度の講義で洛中洛外図をもう一度見直していく中で、あらためて同書に記したようなことを感じたわけです。小島さんの論は現在HPでみることができます。皆さんぜひ注目してください。私は館だけにとどまらず上京の世界全体もそうではないか、そして洛中洛外図がそれに一役かったのではないかとも思うのですが、いずれ小島さんの大変魅力的な論攷が発表されると思いますので、あらためて勉強してみたいと思っています。(行願寺)
2001年9月