040301 網野先生
040112 芦屋市藤ケ谷火葬墓、骨蔵器。芦屋市山手町笠ケ塚の新羅系土器
関西大学文学部考古学研究室2002「八十塚古墳群の研究」
031228 ReKOS
http://atlas.riken.go.jp/rekos/
031228

○タッチレス入力装置とジェスチャ・コマンド
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/12/24/08.html

031228 Memorium:眺めるインタフェースの提案とその試作
http://www.persistent.org/memorium.html
031115 豊橋から飯田線に乗って北へ向かうと、豊川をわたれば、鋳物師で有名な牛久保、そこをすぎるとまもなく三河一宮、砥鹿神社のあるところ、なるほど本宮山がよく見えると思いながら、進行方向左手をみていると、みるみる山が近づいてくる。なるほど里宮は本宮山からおりた里への入り口におかれたとなっとく。まもなく谷がはいり、山地を越える。そして本宮山が左手後方にみえるようになったと思ったら、そこが新城。なるほどなるほど。野田城をすぎ、東郷から山に入る。オウミという謎のことばをすぎると、谷の東縁の段丘斜面をゆっくり登りながら、段丘上に着いて、ああ、険しい谷だなあとおもったらそこが長篠城。これまた納得の場所にできている。本長篠はその合流点をすぎて、狭い豊川の流れにできた段丘平坦面の町。庁舎の屋上から前山の隙間をのぞけば、なんとかお寺の山を拝むことができる。
030903 ロンドン2(大英博物館とウエストミンスター寺院)
030903 ロンドン1(シベリア)
030903 報告書について
030903 準備するもの
090901 調査の手順2
030901 調査の手順1
030830 調査の段取り
030830 新宗谷館跡の概要
030830 普賢寺谷館群の概要
030830 新宗谷館跡調査の目的2
030830 新宗谷館跡調査の目的1
030830 おやきについて−古い友人からの新しい問い合わせ−
030504 郷里の飯田市へ1年ぶりの帰省。御開帳の年で元善光寺を拝観。宝物殿によったら、本尊を安置した木臼が展示されていました。臼に仏様を安置するという伝説はどこからきているのでしょうか。最古の石臼は大宰府にあるものと言われていますが、そのうち調べてみましょう。
030306 洛中洛外図の旅
2月25日 名古屋市立博物館で行われた東海考古学フォーラムへ行ってきました。テーマは東海の中世集落を考えるというもので、清須シンポ以来13年ぶりの中世のテーマになりました。これまでの一元的で遺跡を遺物と同様に扱ったモデル優先の研究から離脱し、実態的で地域にねざしたリアルな地域史を描き出す、新しい学際研究の方法としての中世村落研究について、南河内を対象とした(これまでの研究に加えて新しい視点も加えて)研究の実際と、岐阜、高知、鹿児島そして愛知県の冨田荘を対象としたその可能性につて、提案させていただきました。  が、それ以上に鈴木さんをはじめとする今回の研究会を進めてこられた方々の問題意識が高く非常に質が高く、そして、新しい研究の扉を開くものになり、大変有意義な時間をすごすことができました。これまで個性の無い断片にすぎなかった遺構と遺跡に良い意味の形容詞が付与される見通しがつき、14世紀代の問題についても正式にメスが入れられました。  当日来られなかった方もぜひ、資料の取得をお勧めします。特に討論用の追加資料はその凝縮された内容がすごいです。必携です。  四国でも村落研究会が始まりましたが、これからこういった地域にねざした研究の動きがどんどんひろがっていくことを期待したいと思います。  鈴木さんをはじめとする関係各位のご努力に敬意を表するとともに、重ねてお礼を申し上げます。
今 考えていること
2001.9 2001.10〜12