歴史系諸科学による新しい学際研究の基本的な方法が多変量解析的な分析であるならば、それは歴史というものがもっている膨大で多彩なデー夕との偏りの無い、かつ熾烈な戦いを意味する。しかし日々全国でおこなわれている発掘調査は膨大な数にのぼり、これまでの方法でそれらを総合的にしかも偏り無く整理することは、今や不可能な状況にある。
 そんな中コンピュー夕の普及と共に注目されてきたのが、考古学情報のデー夕べース化である。しかしそういったデータベースが有効に機能している様子をあまり見ることがない。なぜか。当初考古学のデータべースとは、多くの遺跡の多岐にわたる属性を一括する一つの大きなファイルで、それを検索してあらゆる情報の得られることが期待された。そのため最初は、あらゆる考古学情報を類型化して、それを厳密に設計して取り込んだ一つのデータべースが考えられた。しかし周知のように、年代や遺跡の分類などは、それ自体が研究課題でもあるため容易には決定できず、またこのファイルは常に最新のデータでなければ意味が無いが、その結果それまでの分類に変更が生じる場合もある。さらにそんな大量のデータを均一な水準でデジタル化することは極めて困難なことでもある。
 その結果、歴史の多様で豊かな内容はデータベースに合わせた類型化の中でが削ぎ落とされ、また巨大なデー夕を更新・共有するための技術的な問題も障害となり、必要な情報の蓄積もままならないまま、理想の分析方法と思われた一元的なデータベースの多くは期待された程の成果を示すことができず、それほど役に立たないのではないか、限定的な使い方しかできないのではないか、というイメージが持たれてしまったのである。
 しかしこれは、考古学情報をデータベース化するという考え方についての明らかな誤解なのである。例えばデータベースと聞くと、いかにも最近の研究手法のように思えるが、これまでも私達が分析の過程で作成してきた遺跡地名表や類例調査が、実はデータべースの基本形なのである。私たちはそれらの個人名のある諸成果を引用し、また批判することによって研究を進めてきた。考古学にとってデータベースとは特殊な存在なのではなく、かつてより、その分析過程にとって必要不可欠な、いたって身近な存在だったのである。
 それではどうしたらいいのか。一九九二年に私はそれを『考古学ジャーナル』で述べたことがある。例えば遺跡の所在地のような、誰もが承認できる最小限の項目で基幹となるファイルをつくり、それ以外の情報は研究者が個別に各自の関心と問題意識でファイルを作成し、基幹ファイルにリンクする。情報の作成と更新を研究者が責任を持っておこない、それを利用する研究者もまた、当然各自の問題意識に従ってデータの作成者と必要なファイルを選択するため、情報の信頼性は高いものとなる。また情報の内容に当然偏りはおこるが、現実的に中世の考古学情報を得たい時に、それ以外の時代情報まで起動する必要はあまり無いはずで、その偏りもリンクされるファイルが増えれば是正されるもの。さらに表示のレイアウトを工夫すれば、横断的なデータの活用も可能となるはずで、また個々の専門ファイルはそれ程大きくないので、その交換も容易にできるはず。より多くの情報に偏り無く対峙し、しかもそれらを検討資料として公開し、共有化すること。考古学情報のデータベースとは、既存のデータベース構造とは別次元の、これまでの研究の延長にあるような信頼できる情報の蓄積と、それらの自己責任による共同活用のことなのである。
 そして現在、インターネットと高速通信技術の著しい発展の中で、九二年の予測が現実的なものとなって姿を現しつつある。分散型デー夕ベースと呼ばれるものがそれに近い姿であろう。考古学や歴史研究の分野でも、荻野繁春氏や森洋久氏などが、従来の枠組みを越えた柔軟な発想によるデータベースの試みを始め、とくに情報の共有化と活用の方法は、予想を越える強化が図られ、大いに今後の展開が期待されている。なかでも重要なのは、これまでと異なり、大きなデータベースを持っている個人や組織が核になるのではなく、情報ファイルを公開した研究者が皆対等の関係でこれらのデータベース群のオーナーになるという点。インターネットがもたらした意識改革と同様に、情報は囲い込むのではなく、共有して活用することに意味を見出す時代になってきたと、私は思う。
 そしてここまでくればあとは応用である。こういったデータベースが様々な分野でつくられ、さらにそれらが繋げられれば、学際研究に必要な異分野間での情報の共有化もけっして不可能ではないものと考える。そこで次号ではこれまでのまとめとして、その軸となるGISとそれを基にした多変量解析的な研究の可能性について述べてみたい。