伊賀
@三重県教育委員会 1990 『平成元年度農業基盤整備事業地域埋蔵文化財発掘調査報告』
A三重県教育委員会 1984 『昭和58年度農業基盤整備事業地域埋蔵文化財発掘調査報告』
B三重県教育委員会 1991 『森脇遺跡(第3次)発掘調査報告』
C三重県教育委員会・三重県埋蔵文化財センタ− 1991 『平成2年度農業基盤整備事業地域埋蔵文化財発掘調査報告−第3分冊−』
D山田 猛 1986 「伊賀の瓦器に関する若干の考察」『中近世土器の基礎研究』U
E和気清章 1992 「伊勢・伊賀における中世土器の様相」『大和の中世土器』U
F名張市遺跡調査会 1986 『滝野氏城址』
G三重県教育委員会 1982 『昭和56年度県営圃場整備事業地域埋蔵文化財発掘調査報告』

近江
@堀内明博 1986 「平安時代中・後期の畿内の土器組成(1)」『中近世土器の基礎研究』U
A森 隆 1986 「滋賀県における古代末・中世土器」『中近世土器の基礎研究』U。森 隆 1988 「近江地域出土の古代末期の土器群について」『中近世土器の基礎研究』W。森 隆 1992 「近江出土の瓦器碗に関する若干の考察」『大和の中世土器』U
B木戸雅寿 1989 「近江における15〜16世紀の土器について」『中近世土器の基礎研究』X
Cなお、近江八幡市教育委員会 1984 『堀上遺跡 余内遺跡 堂ノ内遺跡』(近江八幡市埋蔵文化財調査報告書V)で14世紀から現代までの変遷が示されている。

京都
鋤柄俊夫 1988 「畿内における古代末から中世の土器−模倣系土器生産の展開−」『中近世土器の基礎研究』W 中世土器研究会
伊野近富 1989 「12〜16世紀の京都の土器」『中近世土器の基礎研究』X
鋤柄俊夫 1994 「平安京出土土師器皿の諸問題」『平安京出土土器の研究』(古代学研究所研究報告第4輯)古代学協会

大和
@埋蔵文化財天理教調査団 1985 『布留遺跡 布留(西小路)地区出土の中世土器』
A伊藤久嗣 1968 「元興寺極楽坊出土の羽釜形土器」『元興寺仏教民俗資料研究所年報』第一冊
B奈良県立橿原考古学研究所 1992 『北野腰越遺跡』
C天理市教育委員会 1988 「在原遺跡」『天理市埋蔵文化財調査概報 昭和61・62年度』
D奈良県立橿原考古学研究所 1985 『野山遺跡群』T
E奈良市教育委員会 1981 「古市城跡発掘調査」『奈良市埋蔵文化財調査報告 昭和55年度』
F奈良県立橿原考古学研究所 1977 『奈良県遺跡調査概報 1976年度』
G奈良県立橿原考古学研究所 1989 榛原町『野山遺跡群』U
H奈良市教育委員会 1987 『奈良市埋蔵文化財調査報告 昭和60年度』
I奈良市教育委員会 1980 『奈良市埋蔵文化財調査報告書 昭和56年度』
J奈良市教育委員会 1993 『奈良市埋蔵文化財調査概要報告書 平成4年度』
K奈良県立橿原考古学研究所 1989 『奈良県遺跡調査概報 1986年度』
L奈良県立橿原考古学研究所 1984 『奈良県遺跡調査概報 1983年度』
M奈良市教育委員会 1987 『奈良市埋蔵文化財調査概要報告書』
稲垣晋也 1960 「瓦器碗三例」『大和文化研究』第5巻5号
稲垣晋也 1961 「法隆寺出土の瓦器碗」『大和文化研究』第6巻4号
稲垣晋也 1962 「法隆寺出土資料による土釜の編年」『大和文化研究』第7巻7号
稲垣晋也 1963 「赤土器・白土器」『大和文化研究』第8巻2号
田中 琢 1967 「古代・中世窯業の地域的特質(4)畿内」『日本の考古学』Y
稲垣晋也 1968 「瓦器碗の成立と展開」『日本歴史考古学論叢』2
白石太一郎 1969 「いわゆる瓦器に関する2・3の問題」『古代学研究』54ほか
川越俊一 1983 「大和地方出土の瓦器をめぐる2、3の問題」『文化財論叢』ほか
森下恵介・立石堅志 1986 「大和北部における中近世土器の様相」『奈良市埋蔵文化財調査センター紀要』
森下恵介 1987 「黒い器」『花園史学』第8号
竹田政敬 1987 「宇陀における瓦器についての覚書」『能峠遺跡群』U 奈良県立橿原考古学研究所
中井一夫 1988 「焼きムラの観察より見た瓦器窯の推定」『橿原考古学研究所論集』10
立石堅志 1989 「大和北部における中世土器について」『中近世土器の基礎研究』X
今尾文昭 1990 「大和・中世村落における瓦質土器」『中近世土器の基礎研究』Y
川口宏海 1990 「16世紀における大和型土釜の動向」『中近世土器の基礎研究』Y
近江俊秀 1990 「黒色土器から瓦器へ」『中近世土器の基礎研究』Y
近江俊秀 1990 「大和地方出土の瓦器碗とその生産について」『考古学論攷』第14冊
坪之内徹 1990 「中世南都の瓦器・瓦質土器」『中近世土器の基礎研究』Y
今尾文昭 1990 「大和・中世村落における瓦質土器」『中近世土器の基礎研究』Y
川口宏海 1990 「16世紀における大和型土釜の動向」『中近世土器の基礎研究』Y
近江俊秀 1991 「大和型瓦器碗の編年と実年代の再検討」『古代文化』第43巻第10号
北野隆亮 1991 「中世末期の瓦質碗・皿についての覚書」『関西近世考古学研究』U
大和古中近研究会 1991 『大和の中世土器』
大和古中近研究会 1992 『大和の中世土器』U
近江俊秀 1992 「畿内産瓦器碗に関する若干の考察」『中近世土器の基礎研究』[
近江俊秀 1992 「大和における中世後期の在地系土器」『北野腰越遺跡』奈良県立橿原考古学研究所
今尾文昭 1992 「花かたにやくなら火鉢・考」『考古学と生活文化』(同志社大学考古学シリーズX)
近江俊秀 1994 「大和瓦質摺鉢考」『研究紀要』第2集

紀伊
@武内雅人 1984 「古代末期紀伊国の土器様相」『考古学研究』第31巻第1号。武内雅人 1986 「和歌山県における9〜11世紀の土器」『中近世土器の基礎研究』U
A渋谷高秀 1984 「野田地区遺跡整理報告」『和歌山県埋蔵文化財情報』16。渋谷高秀 1985 「紀伊の中世土器」『中近世土器の基礎研究』。渋谷高秀 1985 「紀伊 11〜14世紀代 日常雑器の編年」『和歌山県埋蔵文化財情報』17。渋谷高秀 1989 「和泉国における土器の生産と流通」『中近世土器の基礎研究』X。渋谷高秀 1991 「瓦質土器出現期の地域性」『考古学研究』第38巻第3号。渋谷高秀 1992 「和歌山県の中世土器」『大和の中世土器』U
B村田 弘 1985 「根来寺における白土器の消長」『和歌山県埋蔵文化財情報』17。村田 弘 1988 「紀伊国における中世土師質皿の法量変化について」『巽三郎先生古希記念論集 求道能道』
C佐伯和也 1985 「瓦器碗消滅以後の土師器皿の一様相」『和歌山県埋蔵文化財情報』17
D和歌山県教育委員会 1980 『紀の川用水建設事業に伴う発掘調査報告書』U
E橋本市教育委員会 1984 『東家遺跡発掘調査概報』
F岩出町教育委員会 1983 『西国分U遺跡発掘調査概報』
G(財)和歌山県文化財センタ− 1988 『根来寺坊院跡』
H(財)和歌山県文化財センタ− 1990 『金剛峯寺遺跡』
I御坊市遺跡調査会 1983 『東大人遺跡』

和泉・中南河内
樋口吉文 1978 『新金岡町所在遺跡発掘調査抄報』堺市教育委員会
高田秀樹 1979 「羽釜形土器について」『美原町道試掘調査概要報告書』元興寺文化財研究所
橋本久和 1980 「中世土器の地域性と流通」『考古学研究』第26巻 第4号
広瀬和雄 1981 『大園遺跡発掘調査概要』X 大阪府教育委員会
森村健一 1981 「第2節 堺市内出土黒色土器について」『堺環濠都市遺跡』(堺市文化財調査報告第7集)
菅原正明 1983 「畿内における土釜の生産と流通」『文化財論叢』
尾上 実 1983 「南河内の瓦器碗」『古文化論叢』
橋本久和 1986 「畿内の黒色土器(1)」『中近世土器の基礎研究』U
鋤柄俊夫 1988 「畿内における古代末から中世の土器−模倣系土器生産の展開」『中近世土器の基礎研究』W
鋤柄俊夫 1988 「大阪府下における中世後期の土器」『摂河泉文化資料』第40号 摂河泉文庫
森島康雄 1988 「瓦器碗の分布状況の変化と生産の流通」『摂河泉文化資料』第40号 摂河泉文庫
近江俊秀・岡田清一 1989 「河内中南部における古代末期から中世の土器の諸問題」『八尾市文化財紀要』4
菅原正明 1989 「西日本における瓦器生産の展開」『国立歴史民俗博物館研究報告』第19集
土山健史 1989 「堺環濠都市遺跡における15・16世紀の在地土器」『中近世土器の基礎研究』X
鋤柄俊夫 1989 「大阪府南部の瓦質土器生産(2)」『中近世土器の基礎研究』X
渋谷高秀 1989 「和泉国における土器の生産と流通」『中近世土器の基礎研究』X
森島康雄 1990 「中河内の羽釜」『中近世土器の基礎研究』Y
森島康雄 1992 「畿内産瓦器碗の併行関係と暦年代」『大和の中世土器』U
鋤柄俊夫 1995 「大阪府南部の瓦質土器生産(1)」『日置荘遺跡』大阪文化財センター

北河内・摂津北東部
@高槻市教育委員会 1980 『上牧遺跡発掘調査報告書』。橋本久和 1980 「中世土器の地域性と流通」『考古学研究』第26巻 第4号ほか
A宇治田和生 1991 「河内国・楠葉牧における土器生産の展開」『ヒストリア』第133号
B河上誓作ほか 1993 「淀川・木津川河床の採集資料」『中近世土器の基礎研究』\
摂津西部
@兵庫県教育委員会 1988 『対中』
A兵庫県教育委員会 1992 『川除・藤ノ木遺跡』
B淡神文化財協会・萩原遺跡調査団 1992 『淡河萩原遺跡発掘調査報告書(T)』
C芦屋市教育委員会 1979 『三条岡山遺跡』

丹波
@山本三郎 1976 「丹波出土の土器について」『兵庫考古』第4号。伊野近富 1985 「京都北部の中世土器について」『中近世土器の基礎研究』。水谷寿克・石井清司 1986 「篠窯跡群について」『中近世土器の基礎研究』U。種定淳介 1989 「丹波・中山窯跡出土の須恵器」『中近世土器の基礎研究』X。伊野近富 1995 「中世土器の編年(上)」『京都府埋蔵文化財情報』第57号
A丹南町教育委員会 1992 『大山荘内埋蔵文化財調査概要報告書』
B綾部市教育委員会 1995 『京都府綾部市文化財調査報告』第21集
C兵庫県教育委員会 1987 『多利遺跡群発掘調査報告』
D兵庫県教育委員会 1991 『国領遺跡発掘調査報告書』
E兵庫県教育委員会 1992 『初田館跡』

丹後
@竹原一彦 1987 「丹後における黒色土器について」『京都府埋蔵文化財論集』第1集。伊野近富 1985 「京都北部の中世土器について」『中近世土器の基礎研究』。松村英之 1995 「中世土器の諸問題」『滝岡田古墳』加悦町教育委員会
A丹後町教育委員会 1983 『丹後大山墳墓群』
B(財)京都府埋蔵文化財調査研究センター 1993 『京都府遺跡調査概報』第54冊
C(財)京都府埋蔵文化財調査研究センター 1990 『京都府遺跡調査概報』第37冊
D加悦町教育委員会 1980 『金屋比丘尼遺跡発掘調査報告書』
E網野町教育委員会 1977 『林遺跡発掘調査報告書』
F宮津市教育委員会 1981 『中野遺跡第2次発掘調査概要』、1983 『中野遺跡第4次発掘調査概要』

播磨
@兵庫県教育委員会 1987 『宝林寺北遺跡』
A兵庫県教育委員会 1983 『魚住古窯跡群』
B平安博物館 1985 『魚住古窯跡群発掘調査報告書』
C妙見山麓遺跡調査会 1985 『神出』ほか
D丹治康明 1985 「東播系須恵器について」『中近世土器の基礎研究』
E森田 稔 1986 「東播系中世須恵器生産の成立と展開」『神戸市立博物館研究紀要』3・「東播系中世須恵器の生産と流通」『中近世土器の基礎研究』U。森田 稔 1988 「神出古窯址群の発掘成果」『神戸の歴史』第19号ほか
F真野 修 1979 「魚住古窯址群考1・2」『歴史と神戸』18−1・3
G三木市教育委員会 1986 「宿原5号窯址発掘調査」『三木市埋蔵文化財調査概報 昭和50年度〜昭和59年度』
H西脇市教育委員会 1983 『播磨・緑風台窯址』
I森内秀造 1986 「平安時代の窯業生産」『歴史における政治と民衆』。兵庫県教育委員会 1986 『相生市・緑ケ丘窯址群』
J大谷女子大学資料館 1983 『札馬』
K兵庫県教育委員会 1990 『井根口遺跡発掘調査報告書』
L長谷川真 1988 「兵庫」『第7回研究集会報告資料』中世土器研究会
M中町教育委員会 1992 『門前・上町遺跡』
N兵庫県教育委員会 1976 『中国縦貫自動車道建設に伴う埋蔵文化財調査報告』
O兵庫県教育委員会 1991 『大国山遺跡』

備前・備中・美作
@武田恭彰 1992 「岡山県に於ける古代土器様相の再検討」『古代吉備』第14集。武田恭彰 1990 「古代土器生産についての一予察(2)」『古代吉備』第12集。武田恭彰 1990 「岡山県における古代末期の土器様相」『シンポジウム「土器からみた中世社会の成立」』。武田恭彰 1991 「吉備系土師器碗の製作技法について」『中近世土器の基礎研究』Z。武田恭彰 1994 「岡山県における回転台土師器の成立と変遷」『中近世土器の基礎研究』]
A鈴木康之 1988 「鹿田遺跡出土の中世土器について」『鹿田遺跡』T
B山本悦世 1992 「吉備南部における古代末〜中世の土師器の展開」『中近世土器の基礎研究』[。山本悦世 1995 「備前地域における古代後半の土器様相」『津島岡大遺跡』6 岡山大学埋蔵文化財調査研究センター
C平岡正宏 1993 「美作の古代末から中世の土器」『中近世土器の基礎研究』\
D鋤柄俊夫 1990 「瀬戸内を中心とした終末期の須恵器」『中世土器研究』第58号。1993 「岡山県における中世在地土器の分布とその領域について」『研究紀要』Vol.1 大阪文化財センター
E福田正継 1985 「瀬戸内海中部北岸域の土師質碗について」『中近世土器の基礎研究』
F岡山県教育委員会 1986 『岡山県埋蔵文化財報告』16
G岡山県教育委員会 1988 『山陽自動車道建設に伴う発掘調査』4
H岡山県教育委員会 1981 『山陽自動車道建設に伴う発掘調査』2
I該期の明確な資料は少なく、わずかに海上がりの資料として、錦海湾沖を発見地とする鍔付きの長胴甕をみることができる。出土状況がなにを成因としているものかは検討が必要であるが、あるいは摂津との交易についても考えて良いのかもしれない。(真鍋篤行 1991 「瀬戸内海における海あがり考古資料調査報告(U)」『瀬戸内海歴史民俗資料館紀要』第6号
11,岡山県教育委員会 1980 『本州四国連絡橋陸上ルート建設に伴う発掘調査報告書』T
備後
@鈴木康之 1993 「備後における古代末期の土器の一様相」『考古論集』
A広島県立埋蔵文化財センター 1989 『備後国府跡−推定地にかかる第7次調査−』
B篠原芳秀 1991 「備後国府跡出土の土器」『研究輯録』T (財)広島県埋蔵文化財調査センター
C広島県立埋蔵文化財センター 1986 『備後国府跡−推定地にかかる第4次調査−』
D広島県草戸千軒町遺跡調査研究所 1993 『草戸千軒町遺跡発掘調査報告』T。広島県草戸千軒町遺跡調査研究所 1994 『草戸千軒町遺跡発掘調査報告』U。鈴木康之 1985 「広島県における中世土師器について」『中近世土器の基礎研究』。鈴木康之 1989 「草戸千軒町遺跡W期の土師質土器」『中近世土器の基礎研究』X
安芸
@妹尾周三 1989 「広島県西部(安芸地域)の古代から中世の土器」『全国シンポジウム準備会』
A広島県教育委員会 1980 『安芸国分尼寺』
B(財)広島県埋蔵文化財調査センター 1989 『奥田・是石・鷺田・藤田』
C広島県教育委員会 1983 『山陽自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』(T)
D広島県教育委員会 1982 『道照遺跡』
E(財)広島県埋蔵文化財調査センター 1990 『山陽自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』(X)また石佛遺跡からは13世紀後半頃の煙管状に類した土師器窯も検出されており、同様な甲奴郡甲奴町小童の窯とあわせて注目される。
F(財)広島県埋蔵文化財調査センター 1993 『西条第一土地区画整理事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』(U)
G広島市教育委員会 1986 『池田城跡発掘調査報告』
H広島県教育委員会 1977 『高陽新住宅市街地開発事業地内埋蔵文化財発掘調査報告』
I(財)広島県埋蔵文化財調査センター 1984 『横山城跡発掘調査報告』
J広島市教育委員会 1989 『伴東城跡発掘調査報告』
K(財)広島県埋蔵文化財調査センター 1993 『上滝川1号遺跡』

周防・長門
@吉瀬勝康 1988 「周防における古代・中世土器の様相」『中近世土器の基礎研究』W。森田孝一 1990 「防長地方における瓦器の様相」『山口考古』第19号
A防府市教育委員会 1979 『防府市文化財調査年報』U
B防府市教育委員会 1984 『防府市文化財調査年報』Y
C防府市教育委員会 1981 『防府市文化財調査年報』W
D山口市教育委員会 1991 『大内氏館跡[ 大内氏関連町並遺跡T』
E岩崎仁志 1988 「防長地域の足鍋について」『山口考古』第17号

鳥取
@ 倉吉市教育委員会 1976 『伯耆国庁跡発掘調査概報(第4次)』
A 鳥取市教育福祉振興会 1994 『菖蒲遺跡』
B 倉吉市教育委員会 1993 『福本家ノ上古墓発掘調査報告書』
C 倉吉市教育委員会 1993 『大日寺遺跡群発掘調査報告書』 
E 鳥取県教育文化財団 1981 『布施遺跡発掘調査報告書』
F 淀江町教育委員会 1992 『小波原遺跡発掘調査報告書』
G 倉吉市教育委員会 1993 『山名氏館跡推定地発掘調査報告書』
H 米子市教育文化事業団 1993 『米子城跡』T
I 東郷町教育委員会 1993 『羽衣石城址』
J 鳥取県教育文化財団 1986 『大熊段遺跡』
K 鳥取市教育委員会 1982 『帆城遺跡・天神山遺跡調査報告書』
L 鹿野町教育委員会 1979 『寺内廃寺発掘調査概報』U
M (財)鳥取県教育文化財団 1992 『福岡遺跡』 淀江町
N 郡家町教育委員会 1987 『山田窯跡群<久谷地区の調査>』
O 橋本久和 1993 「山陰の古代・中世土器概観」『中世土器研究』第68号
P 河原町教育委員会 1983 『前田遺跡発掘調査報告書』 定量分析と集落 土師器皿はロクロと手捏ねと両方あり、概ねX期
Q (財)鳥取市教育福祉振興会 1994 『秋里遺跡発掘調査概要報告書』ではB-T区のSE07から常滑窯甕(13世紀)、土師器京都型皿(16世紀)、曲物が、B-U区からは縦耳の石鍋、B-V区のSK15からは土師器鍋、足釜などが出土している。鳥取県教育文化財団 1990 『秋里遺跡』

島根
@広江耕史・片岡詩子 1988 「島根県における古代末〜中世にかけての須恵器いついて」『中近世土器の基礎研究』W。「広江耕史 1992 「島根県における中世土器について」『松江考古』第8号(池ノ奥2号墳・大坪3号墳・石台遺跡・古市遺跡・的場遺跡・西石橋遺跡・黒田畦遺跡・京殿遺跡)
A島根県教育委員会 1994 『上久々茂土居跡・大峠遺跡』
B島根県教育委員会 1984 『富田川』ほか
C岡崎雄二郎 1992 「出雲市・小山遺跡出土の備前壷」『松江考古』第8号
D川原和人・桑原真治 1987 「島根県斐川町西石橋遺跡の中世墓」『古文化談叢』第18集
E島根県教育委員会 1992 『タテチョウ遺跡発掘調査報告書』W
島根県教育委員会 1983 『島根県埋蔵文化財調査報告書』第]集 
島根県教育委員会 1987 『北松江幹線新設工事・松江連絡線新設工事予定地内埋蔵文化財発掘調査報告書』

讃岐
@大山真充 1985 「香川県西村遺跡の中世土器」『中近世土器の基礎研究』
A片桐孝浩 1990 「古代から中世にかけての土器様相−香川県における予察−」『中近世土器の基礎研究』Y。片桐孝浩 1992 「讃岐国十瓶山窯製品の流通について」『中近世土器の基礎研究』[。香川県埋蔵文化財研究会 1992 『中小河川大束川改修工事に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』。片桐孝浩 1994 「讃岐における中世前半の供膳具(T)」『研究紀要』U(財)香川県埋蔵文化財調査センター。
B香川県教育委員会 1987 『四国横断自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告第二冊 大門遺跡』
C香川県教育委員会 1987 『四国横断自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告第一冊 中村遺跡・乾遺跡・上一坊遺跡』

阿波
@勝浦康守 1992 「徳島県における古代末から中世の土器様相について」『中近世土器の基礎研究』[
A徳島市教育委員会 1989 『徳島市中島田遺跡・南島田遺跡』
B辻 佳伸 1994 「阿波における15・16世紀の土器様相」『第6回四国中世土器研究会』
C徳島市教育委員会 1989 『徳島市埋蔵文化財発掘調査概要』1
D同時期の資料として、大毛島遺跡第1トレンチ最下層・B-2グリット(徳島県教育委員会 1985 『徳島県文化財調査概報 昭和57年度』)
E一般には土師質焼成であるが、昼間遺跡からは瓦質焼成の足釜が出土(徳島県教育委員会 1976 『徳島県文化財調査概報 1976年度』)。
F徳島県教育委員会 1993 『四国縦断自動車道建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』2
福家清司 1993 「中世土器の流通をめぐって」『中近世土器の基礎研究』\

土佐
@松田直則 1986 「高知県における中世土器の様相」『中近世土器の基礎研究』U。1989 「土佐における古代末から中世の土器様相」『中近世土器の基礎研究』X
A高知県教育委員会 1986 『田村遺跡群』第10分冊
B南国市教育委員会 1987 『土佐国衙跡発掘調査報告書』第7集 魚住13世紀鉢、南屋敷地区は16世紀。高知県教育委員会 1989 『土佐国衙跡発掘調査報告書』第9集。高知県教育委員会 1991 『土佐国衙跡発掘調査報告書』第11集 
C土佐山田町教育委員会 1990 『ひびのきサウジ遺跡発掘調査報告書』また別に15〜16世紀の遺構も検出。
D高知県教育委員会 1989 『後川・中筋川埋蔵文化財発掘調査報告書』・ 中村市この地域は風指遺跡では包含層から9〜11世紀の土器が出土、
高知県教育委員会 1990 『岡豊城跡』16世紀の土師器皿

伊予
@中野良一 1988 「愛媛県における古代末から中世の土器様相」『中近世土器の基礎研究』W。栗田正芳 1994 「道後平野における回転台土師器について」『中近世土器の基礎研究』]。柴田圭子 1994 「伊予における15・16世紀の土器様相」『第6回四国中世土器研究会』
A(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1980 『大三島・伯方島本四連絡道路(一般国道317号)埋蔵文化財調査報告書』(U)
B鋤柄俊夫 1987 「愛媛県と高知県の平安時代以降の土器について」Ver.2『中世土器研究』第49号。
C松山市教育委員会・(財)松山市生涯学習振興財団埋蔵文化財センター 1994 『古照遺跡第7次調査』
D今治市教育委員会 1995 『八町1号遺跡』
E(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1993 『一般国道196号松山環状線埋蔵文化財発掘調査報告書』T
F(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1989 『一般国道196号松山環状線埋蔵文化財発掘調査報告書』U
G(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1994 『四国縦貫自動車道埋蔵文化財発掘調査報告書』Z
H松山市教育委員会・(財)松山市生涯学習振興財団埋蔵文化財センター 1993 『古照遺跡第6次調査』
I(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1985 『道後今市遺跡』
J(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1984 『一般国道196号今治道路埋蔵文化財調査報告書』
K(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1983 『瀬戸内海大橋関連遺跡埋蔵文化財調査報告書』V
L(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1994 『一般国道196号松山・北条バイパス埋蔵文化財発掘調査報告書』T
M(財)愛媛県埋蔵文化財センター 1984 『国道317号道路改良事業関連埋蔵文化財調査報告書』


@福田健司・宮崎 糺 1988 「大国魂神社特殊神饌の木器について」『府中市郷土の森紀要』2
A鋤柄俊夫 1988 「畿内における古代末から中世の土器ー模倣系土器生産の展開ー」『中近世土器の基礎研究』W
B前項までの各地の成果および、橋本久和 1992 『中世土器研究序論』。森 隆 1990・1991 「西日本の黒色土器生産(上)(中)(下)」『考古学研究』第37巻第2・3・4号など
C菅原正明 1983 「畿内における土釜の生産と流通」『文化財論叢』
菅原正明 1989 「西日本における瓦器生産の展開」『国立歴史民俗博物館研究報告』第19集