昭和24年(1949)21歳
 「子持勾玉の研究」『古代学研究』1号
 「日本陶棺地名表」『古代学研究』1号(斎藤和夫氏と)
 「河内西琳寺の発掘」『古代学研究』1号
昭和25年(1950)22歳
 「大阪湾沿岸の飯蛸壺形土器とその遺跡」『古代学研究』2号
 「古墳の農耕的性格の展開」『古代学研究』3号
 「河内国寛弘寺出土舟形埴輪」『古代学研究』3号
昭和26年(1951)23歳
 「大和国水泥塚穴古墳の排水設備」『古代学研究』4号
 「安威古墳群の問題」『古代学研究』5号
 「和泉国高月古墳調査報告」『古代学研究』5号
 「木製高杯の伝播性と土器の模倣性」『考古学論攷』第1冊 橿原考古学研究所紀要
昭和27年(1952)24歳
 「古墳と古墳群(上)」『古代学研究』6号
昭和28年(1953)25歳
 [末永雅雄氏と共著]『河内黒姫山古墳の研究』大阪府文化財調査報告書/大阪府教育委員会
 [宮川( )氏と共著」『カトンボ山古墳の研究』『古代学叢刊』第一冊/古代学研究会
昭和29年(1954)26歳
 [末永雅雄・嶋田暁氏と共著]『和泉黄金塚』(『日本考古学報告』5)
 [田中英夫氏と共著]「堺市浜寺石津町遺跡概報」『古代学研究』9号
 「獣首鏡を出した土佐平田村戸内の古墳」『古代学研究』10号
昭和30年(1955)27歳
 「〈問題の回顧と展望》@須恵器」『古代学研究』11号
 「〈資料室めぐり〉@山口県大井村役場陳列室」『古代学研究』11号
 「《ニューズ》百舌鳥45号墳の調査・唐櫃山古墳の石棺」『古代学研究』11号
 「古墳文化に現われた地域社会-畿内」『日本考古学講座』5/河出書房
 「《資料室めぐり〉A武蔵野郷土館」『古代学研究』12号
 「《ニューズ〉高石町伽羅橋遺跡の発掘・百舌鳥75・76号墳の調査」『古代学研究』12号
 「堺市土塔町大野寺出土の文字瓦新資料」『古代学研究』12号
昭和31年(1956)28歳
 「堺市いたすけ古墳とその問題」『私たちの考古学』7号
 「いたすけ古墳と全国の古墳の現状」『考古学雑誌』41ー3
 「「いたすけ古墳」のその後に思うこと」『朝日新聞』学芸欄2月3日号
 「全国の古墳は保存されているか」『古代学研究』13号
 [石部正志・宇田川誠一氏と共著]「大阪府高石町伽羅橋遺跡調査報告」『古代学研究』15・16号
 「大和川々床出土の古銭」『古代学研究』15・16号
昭和32年(1957)29歳
 「遺跡めぐり(4)大阪府の古墳を見学する人のために」『私たちの考古学』13号
 「大野寺の土塔と人名瓦について」『文化史学』13号
昭和33年(1958)30歳
 「大阪府西成区南海通出土の縄文土器」『古代学研究』18号
 「大和川船橋遺跡出土の縄文土器」『古代学研究』18号
 [堀田啓一氏と共著]「大阪府大和川々床出土の石器」『古代学研究』19号
 「弥生式文化の再検討」『美を付くし』N02/大阪市立美術館
昭和34年(1959)31歳
 「魏志倭人伝の貫頭衣・袈裟衣について」『歴史と地理』34号
 「火葬問題の再検討」『青陵』9号
 「古墳出土の鉄(てい)について」『古代学研究』21・22合併号
 「《資料室だより》大阪市立博物館の富本車塚の調査」『古代学研究』21・22合併号
昭和35年(1960)32歳
 [共著]『富本車塚古墳』『大阪市立美術館学報』3号
 「大阪府"文化財のしおり"と歴史教育の問題点」『歴史評論』116号
 [上田舒氏と共著]「大阪府枚方市石切町墓の尾古墳群調査報告」『古代学研究』23号
 「大阪府の"文化財のしおり"とその問題」『古代学研究』23号
 「製塩についての2つの覚書」『古代学研究』23号
 「日本古代史における鉄問題の推移」『歴史と地理』29号
 [田中英夫氏と共著]「和歌山県百合山古墳群調査概要」『古代学研究』24号
 「大阪府の"文化財のしおり"その後」『古代学研究』24号
 「大阪府岸和田市摩湯町出土の古墳遺物」『古代学研究』26号
昭和36年(1961)33歳
 「書評 金元竜『新羅土器 研究』」『古代学』9-3
 「堺市周辺の古文化財の危機」『古代学研究』27号
 「二上山系石材と石作工人の間題」『先史学研究』3号
 [田中英夫氏と共著]「堺市浜寺石津町遺跡土師器と須恵器」『古代学研究』28号
 「鳥取県国分寺古墳の土積について」『古代学研究』28号
 「《文化財ニューズ》堺市経塚古墳の発掘と消滅」『古代学研究』28号
 「大阪地方の古墳文化(上)」『上方文化』3号
 「形象埴輪の出土状態の再検討」『古代学研究』29号
 「須恵器窯址全国分布図」『世界陶磁全集』第1巻日本古代篇/河出書房新社
 「和泉河内窯址出土の須恵器編年」『世界陶磁全集』第1巻日本古代篇/河出書房新社

昭和37年(1962)34歳
 「大阪府南部須恵器窯址群の今夏の調査」『先史学研究』4号
 「大阪地方の古墳文化(中)」『上方文化』4号
 [石部正志氏と共著]「後期古墳の討論を回顧して」『古代学研究』30号
 「各地域の後期古墳−和泉−」『古代学研究』30号
 [白石太一郎氏と共著]「各地域の後期古墳−河内−」『古代学研究』30号
 「生産遺跡研究の現状」『歴史教育』10−3
 『大和二塚古墳』
 「日本の古代文化」石母田正編『古代史講座』3 古代文明の形成
 「平城京跡の成果と未指定問題」『古代学研究』31号
 「平城京を守る会の発足」『古代学研究』31号
 「大阪地方の文化(下)」『上方文化』5号

昭和38年(1963)35歳
 「堺市黄金山出土の弥生式土器」『古代学研究』33号
 「飯蛸壼形土器と須恵器生産の問題」『近畿古文化論孜』橿原考古学研究所編
 [共著」『前山古墳』徳島県文化財調査報告書6
 [伊達宗泰・小島俊次氏と共著]『大和天神山古墳』(奈良県史跡名勝天然記念物調査報告/橿原考古学研究所編)
 「紀淡海峡友が島北方の海底遺跡」『古代学研究』35号
 「考古学とエチケット」『古代学研究』35号
 「戦後の遺跡破壊をめぐって」『古代学研究』36号
 「新沢千塚の遺物」『奈良県観光』84号

昭和39年(1964)36歳
 「ガラス器を出土した古墳−大和新沢千塚を中心として−」『Museum』154号
 「日本出土銅鏃地名表・銅鏃集成図」(『関西大学文学部考古学紀要』第1冊「北五山古墳」
 「古代遺跡の宝庫を探る」『読売新聞』文化欄6月26日号
 「古代産業」(体系日本史叢書『産業史』1/山川出版社)

昭和40年(1965)37歳
 [分担執筆]『神話から歴史へ』(中央公論『日本の歴史』第1巻)
 「後期前方後円墳の分布と規模」(『ヒストリア』39・40合併号)
 [飯島由也氏らと共著]『井辺弥生式遺跡』和歌山市教育委員会
 「考古学会のために−小林行雄氏の「日本歴史1」批判に答える−」『日本読売新聞』1298号3月8日号
 『古墳の発掘』中公新書
 「古墳と墳墓の用語について」『先史学研究』5号
 「考古学者の弱点を補う」『日本読売新聞』1315号7月5日号
 「古墳文化の民族的特質」『国文学・解釈と鑑賞』30−11
 「酒詰先生の遺訓」『古代文化』15ー3
 「原始社会・古代社会」『和泉市史』第1巻
 「須恵器の窯跡」『同志社時報』17号
 [藤井祐介氏と共著]『岡崎縄文遺跡』和歌山市教育委員会

昭和41年(1966)38歳
 「調査成果の一駒(折沢千塚)」『奈良県観光』111号
 [共著]『眉山周辺の古墳』(徳島県文化財調査報告書9)
 [共著]「日本古代の窯業技術」『泊園』5
 [坂東善平氏と共著]「京都市上賀茂の白瑠璃碗の破片」『古代学研究』44号
 「地方史研究の現状−近畿(1)大阪府(考古学)−」『日本歴史』217
 [石部正志氏と共著]「古墳文化の地域的特色(5)畿内およびその周辺」『日本の考古学』4 古墳時代(上)河出書房新社 
 「新沢千塚と彼」『古墳文化』16−6
 「大阪府船橋出土の弥生式土器も絵画」『古代学研究』45号
 「石見遺跡の調査」『奈良県観光』
 [伊達宗泰氏と共著]「生活の変化(3)土器」『日本の考古学』古墳時代(下)/河出書房新社
 「岩橋千塚の横穴式石室」『関西大学文学部考古学研究紀要』第2冊
 「考古学の調査と二三の問題」『関西大学文学部考古学研究紀要』第2冊

昭和42年(1967)39歳
 「敗戦前後の私の記録」『文化史会報』5号
 「大和百年の歩み−埋蔵文化財B−」『大和タイムズ』2月25日号
 [共著]『岩橋千塚』和歌山市教育委員会
 「銅鐸とその原料」『きのくに文化財』2号/和歌山県文化財研究会
 『考古学は若い学問』全国学校図書館協議会編/毎日新聞社
 「回顧と展望、1966年の歴史学界 日本史古墳時代」『史学雑誌』76−5
 「「開発」と遺跡の乱掘」『朝日ジャーナル』9−23
 「銅鐸の出土地をたずねて」『文化史研究』19号
 「書評 酒詰仲男著『貝塚に学ぶ』」『同志社時報』27号
 「書評 新編一宮市史資料編 弥生時代」『古代学研究』49号
 「和歌山市加太大谷川遺跡の銅鏃と銅釣針」『古代学研究』49号
 「馬山の原始絵画」『同志社時報』27号
 「葬法の変遷よりみた古墳の終末」『古代学論叢』末永先生古稀記念(上)
 「土器の生産」『狭山町史』
 「鳴門市日出遺跡調査の意義」『徳島新聞』文化欄11月19日号

昭和43年(1968)40歳
 「南海道の古代窯業遺跡とその問題」『日本歴史』237号
 「書評 末永雅雄著『考古学の窓』」『読売新聞』文化欄2月10日号
 「観音寺山古代集落を調査して」(『朝日新聞』文化欄4月20日号
 「日本民族の始源」『国文学 解釈と鑑賞』33−7
 「古墳文化の展開」『日本文化史概論』吉川弘文館
 [編著]『紀淡・鳴門海峡地帯における考古学調査報告』(同志社大学文学部考古学調査報告2)
 「材質研究−土器・陶器−」『考古学講座』1 新版/雄山閣出版
 [鈴木博司氏と共編]『大阪府和泉市観音寺山弥生集落調査概報』観音寺山遺跡調査団出版
 「北九州の弥生墳墓と古墳発生の問題」『文化史学』24号
 「田辺天神山弥生集落」『同志社時報』33号

昭和44年(1969)41歳
 「このままでよいか遺跡の保護行政」『朝日新聞』文化欄5月31日号
 [白石太一郎氏と共著]「南近畿における前・中期弥生式土器の一様相」『考古学ジャーナル』33
 「和歌山市井辺前山10号墳調査概報」『古代学研究』55号
 「奈良県乙女山古墳の遺物」『古代学研究』55号
 「銅鏡・銅剣」『日本と世界の歴史』1/学習研究社

昭和45年(1970)42歳
 「徳島県の古代遺跡の二・三の問題」『高校地理』6号/徳島県高等学校教育研究会
 「古墳とともに・なにわ文化」『朝日新聞』4月24日〜5月17日号20回連載
 「古墳出土の小型内行花文鏡の再吟味」『日本古文化論攷』橿原考古学研究所編
 「古墳時代後期以降の埋葬地と葬地」『古代学研究』57号
 「埴輪の飾馬」『京都新聞』5月17日号夕刊
 [編著]『シンポジウム古墳時代の考古学』学生社
 「天皇陵と古墳群」『日本の文化地理』講談社
 「須恵の耳皿」『京都新聞』7月24日号夕刊
 「美濃国施印須恵器を生産したと推定できる岐阜芥見窯址発見の顛末」『古代学研究』58号
 「大阪府葉室古墳群の大方墳」『古代学研究』58号
 「韓国考古学の旅」『朝日新聞』9月30日号夕刊文化欄
 「文化財行政への疑間」『観光』33号
 「埴輪の鷹」『京都新聞』9月26日号夕刊
 「弥生式彩文の壷」『京都新聞』11月9日号夕刊
 『古墳−石と土の造形−』カラーブックス/保育杜
 「遺跡の保存をめぐって」『宅地開発』22号

昭和46年(1971)43歳
 「座談会古墳をめぐって」〔尾崎喜左雄氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』9号
 「消えさった群集墳の復原」『古代学研究』60号
 『黄金塚古墳』中央公論美術出版
 「失われた畿内の古墳」『歴史読本』8月号
 「座談会 河内飛鳥をめぐって」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』11号
 「古墳にしのぶ古代」『日本経済新聞』11月26日号夕刊
 「《レジメ》太田・黒田遺跡の調査を終って」『古代学研究』61号
 「井辺八幡山古墳の埴輪」『朝日新聞』12月11日号夕刊
 [共著]『福井県小浜市田烏湾における古代漁業遺跡調査報告・相生城が谷窯跡調査靴告』同志杜大学若狭湾沿岸遺跡調査団編

昭和47年(1972)44歳
 「古代史と天皇陵」『読売新聞』4月15日号夕刊
 「高松塚古墳発見のあとにくるもの」『週刊読売』5月5日号
 「井辺八幡山古墳の埴輪」『歴史と人物』5月号
 『古墳の発掘』増訂11版/中公新書
 「高松塚で考えること」『東京大学新聞』2022号6月19日号
 [参加]『朝日シンポジウム 高松塚壁画古墳』末永雅雄・井上光貞編/朝日新聞社
 [参加]『壁画古墳の謎』講談社
 [編著]『井辺八幡山古墳』同志社大学文学部考古学調査報告第5冊
 「外来文化と古墳」『歴史読本』8月号
 「《口絵解説》大阪府柏原市玉手山安福寺横穴の線刻の乗馬人物画」『古代学研究』64号
 「《口絵解説》和歌山県寺山15号墳の横穴式石室の彩色の人物画」〔大野嶺夫氏と〕『古代学研究』64号
 「古墳時代の終末」『高松塚古墳と飛鳥』所収/中央公論社
 「高松塚と古墳」『学校図書館速報』654号
 「奈良・大阪における横口式石槨の系譜」『壁画古墳高松塚』所収
 「大阪府百舌鳥平井塚古墳の須恵器」『古代学研究』65号
 「元禄11年における京都市下山田の古墳調査」『古代学研究』65号
 「古墳壁画の再検討」『朝日新聞』12月16日号夕刊

昭和48年(1973)45歳
 「天皇陵への疑惑」『流動』1月号
 「仁徳古墳で考えたこと」『古代史講座』月報8
 「古墳発掘談」『日本の歴史』1/研究社
 「双円墳金山古墳のこと」『日本のなかの朝鮮文化』17号
 [共著]「三重県わき塚古墳の調査」『古代学研究』66号
 『古墳-石と土の造形1』カラーブックスデラックス版12/保育社
 「高松塚に壁画が見つかったころ」『文化史会報』4月号
 「石舞台古墳の謎」『日本の歴史』2/研究社
 「平安京の破壊に抗議する」『歴史と人物』4月号/中央公論社
 [編著]『論集終末期古墳』塙書房
 「平安京をどうするか」『古代学研究』67号
 「商蛮寺跡の調査」『同志社大学広報』N061
 [参加]『シンポジウム日本の神話2高天原神話』大林太良編/学生社
 「古墳調査とたたり」『京都新聞』5月7日号
 「古墳文化をめぐる諸問題」『社会科研究』3号/愛知県私学社会科研究会
 「座談会 王仁系氏族とその遺跡」〔金達寿氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』
 「古墳文化-大陸系「帰化人」の影響」『日本文化の原点』上田正昭編/講談社
 「古市と百舌鳥の二大古墳群」『歴史読本』8月号
 「古墳文化と「古事記」『太陽』121号
 「《文献紹介》」『古代学研究』68号
 「岸和田市流木町出土の銅鐸」『古代学研究』68号
 「堺市百舌鳥古墳内出土の琴柱形石製品」『古代学研究』68号
 「車中から」『自由市民』21号
 「考古学と発掘文字」『歴史と文学』6号
 [末永雅雄氏監修・網干善政氏他と共編]『日本古代遺跡便覧』社会思想杜
 「南蛮寺跡の発掘」『月刊エコノミスト』10月号
 「「現代都市と都市遺跡」特集によせて」『古代学研究』69号
 「京都」『古代学研究』69号
 「仁徳陵古墳前槨石室出現の一資料」『大阪府の歴史』4号
 [井上清氏と共編]『歪められた古代史』毎日出版
 「文化財保護行政のあり方」『小郡新聞』14号
 「鷹狩で考えること」『東アジアの古代文化』創刊号
 「解説」『古代史疑』松本清張/中公文庫
 『京都府船井郡園部町園部垣内古墳調査概報』同志社大学文学部考古学調査記録第1号

昭和49年(1974)46歳
 「解説」『古代史疑』松本清張/中公文庫
 「古墳と年代」上・下『読売新聞』1月22日・23日号夕刊
 「古墳とその年代」『考古学ジャーナル』91号
 「邪馬台国と考古学への私見」『伝統と現代』26号
 「和歌山市砂山出土の銅鐸の復元にさいして」『古代学研究』71号
 「奈良県桜井市外山茶臼山古墳の鏡片」『古代学研究』71号
 「〈文献紹介》」『古代学研究』71号
 「座談会 紀氏とその遺跡」〔大野嶺夫氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』21号
 「小動物付きの須恵器」『芸術新潮』292号
 「鷹狩で考えること」『東アジアの古代文化』1号
 [共著]『謎の四世紀』水野祐・北村文治編
 「考古学と遺失物法」『ジュリスト』N0561
 『古墳文化小考』三省堂新書
 「大野左千夫と娯三堂古墳の遺物」『古代学研究』72号
 「《文献紹介》」『古代学研究』72号
 「序文」同志社大学旧石器文化談話会『ふたかみ』学生杜
 「序文」パオール著・石黒訳『図解考古学序説』学生社
 [編著]『馬』(社会思想社)
 [編著]『鉄』(社会思想社)
 「三世紀の考古学」松本清張編『邪馬台国の常識』毎日新聞社
 「《シンポジウム》原始古代の農耕をめぐって」『古代学研究』74号
 「壁画古墳を歩く」『日本古代史の謎』4/小学館
 「天皇陵発掘の是非」『歴史と旅』2−1

昭和50年(1975)47歳
 [上田正昭氏と共著]「高松塚古墳」『歴史の視点』上巻/林屋辰三郎他編
 「近畿地方の隼人」(大林太良編『隼人』社会思想社)
 「P1antOPa1分析による窯壁中のスサ材の推定」『古代学研究』75号
  [参加]『シンポジウム日本の神話5 日本神話の原形』(伊藤清司編/学生社)
 [対談]「出土遺物は何を語るか」〔甘粕健氏と〕『歴史と人物』5−4(44)
 「シンポジウム日本文化の源流をさぐる」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』26号
 「近江の政治勢力の進展」『日本のなかの朝鮮文化』26号
 [共著]『座談会 日本の渡来文化』(司馬遼太郎他編/中央公論社)
 「秘密のべールにおおわれた天皇陵古墳」『週刊読売』1393号
 [辰巳和弘氏と共著]「古代の土器に書かれた文字集成」(上田正昭編『文字』社会思想社)
 「日本考古学入門」江上波夫・松本清張編『日本古代学の始まり』(市民講座日本古代文化入門第2巻/読売新聞社
 [編著]『墓地』(社会思想社)
 「古墳文化における日本と朝鮮」『日本のなかの朝鮮文化』27号
 [対談]「国家の成立と古代の城」〔水野祐氏と〕『東アジアの古代文化』
 「群集墳と古墳の終末」『岩波講座日本歴史』第2巻
 「風土記と考古学」(上田正昭編『風土記』社会思想社)
 「考古学における馬の発見」『歴史と人物』5−11(51)
 「和泉黄金塚古墳についての補遺」『橿原考古学研究所論集-創立三十五周年記念-』
 「銅鼓の銅鐸」『アジア・レビュー』24号
 「三雲の出土品を見て考える」『週刊読売』1418号
 「焼物と文化」『inaRePort』1
 「3世紀の遺跡をめぐる 近畿の高地性集落」『別冊週刊読売 特集邪馬台国の謎に挑む』
 「邪馬台国と考古学への私見」『邪馬台国−まぼろしの国家の原像をもとめて−』伝統と現代編集部編
 「双円墳金山古墳のこと」朝鮮文化社編『日本文化と朝鮮』第2集/新人物往来社

昭和51年(1976)48歳
 「天皇陵古墳をめぐって」『東京新聞』2月9日・10日号夕刊
 「天皇陵古墳の保存をめぐって」『毎日新聞』2月10日号夕刊
 [芹沢長介・大塚初重氏と共編]『考古学ゼミナール』山川出版社
 「私の好きな京都の寺 東寺」『週刊朝日』増刊・4月号
 [分担執筆]『ヤポネシア古代学の魅力』読売新聞社
 「破壊される古代遺跡」『芸術新潮』27−6
 「座談会出雲と朝鮮をめぐって」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』30号
 「遺跡の環境整備の現代」一『京都新聞』現代のことば 6月23日号夕刊
 『考古学入門』(カラーブツクス)保育社
 『古墳と古代文化99の謎』サンポウブックス/産報
 「黒姫山古墳の整備工事をめぐって」『古代学研究』80号
 「中国考古学への渇望」『東アジアの古代文化』9号
 「古墳周濠の保存」『歴史と人物』6−7
 「黒姫山古墳の整備工事」『歴史と人物』6−9
 「須恵器の研究メモ」『日本のなかの朝鮮文化』31号
 [編著]『同志社田辺校地 田辺天神山遺跡』(同志杜大学文学部考古学調査記録5号)
 「シンポジウム 天日槍をめぐって」〔石田松蔵氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』32号
 「〈研究法の提言》どうして鏡の銘文が消されるのか」『古代学研究』81号

昭和52年(1977)49歳
 「考古学西から東から」『歴史と人物』7−1〜12
 [上田正昭・大林太良氏と共著]『対談古代文化の謎をめぐって』社会思想社
 「《シンポジュウム》池の考古学をめぐって」『古代学研究』83号
 「岸和田市久米田古墳出土の石製品」『古代学研究』83号
 「銅鐸2題」『古代学研究』83号
 「座談会仁徳陵を推理する」〔網干善教・黒岩重吾氏他と〕『歴史と人物』7−6
 「大王と古墳をめぐって」〔黒岩重吾氏と〕『東アジアの古代文化』12号
 「中国古代遺跡の旅」『朝日新聞』7月8日号夕刊
 「陝西省で見た石馬と石牛」『古代学研究』84号
 「高松塚古墳の大刀の刀身について」『古代学研究』84号
 「洛陽での倭人たち」『毎日新聞』8月22日号夕刊
 「座談会 古代製鉄と朝鮮をめぐって」〔飯沼二郎・上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』53号
 「石馬とあぶみの謎」『歴史と人物』7−11
 [共著]『古代史の宝庫』(朝日新聞社)
 「天皇陵」『昭和日本史』別巻 皇室の半世紀/暁教育図書

昭和53年(1978)50歳
 「考古学西から東から」『歴史と人物』8−1〜12
 [馬と古代史」『週刊読書人』1978年1月2日
 [編著]『池』社会思想社
 [宮田啓二氏と共著]「関戸古墳」『和歌山市文化財総合調査報告』1和歌山市教育委員会
 [編著]『大阪府史』古代篇
 『考古学の模索』学生社
 「遺跡を守るために」『読売新聞』3月8日号夕刊
 「座談会 新沢千塚と古代朝鮮」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』37号
 「終末期古墳と天皇陵」『朝日新聞』3月1日号夕刊
 「羽曳野市ヒチンジュ池西古墳の石灰試験報告−付記−」『古代学研究』86号
 「天皇陵を歩く」『本』1978年5月号/講談社
 「歴史上の日本と朝鮮」『三千里』14号
 「松本清張と考える」『国文学解釈と鑑賞』43−6
 「高井田線刻画の新研究」『日本のなかの朝鮮文化』38号
 「《研究法の提言》身近な見直しを」『古代学研究』87号
 「銅鐸を歩く」『歴史と人物』8−7号
 「大化薄葬令の馬の殉殺について」『古代史論叢』上巻
 [編著]『鏡』(社会思想社)
 「座談会 古代信濃と朝鮮をめぐって」〔飯島一彦氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』39号
 「稲荷山古墳の考古学メモ」『芸術新潮』29−11
 「沙弥島を訪れる」『歴史と人物』8−7
 「解かれぬ二人の死者の謎」『週刊朝日』3155
 「座談会 日本のなかの朝鮮文化の十年」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』40号
 「考古学は町人の学問だ」『アサヒグラフ』2896

昭和54年(1979)51歳
 「考古学西から東から」『歴史と人物』9−1〜12
 「考古学の表面に出てこないのか」(『アサヒグラフ』2954
 「座談会 埼玉稲荷山古墳鉄剣銘文発見の波紋」〔岸俊男・大塚初重・笹山晴生氏と〕『歴史と人物』9−1
 [共著]『鉄剣銘文は語る−115文字が明かす古代史の謎−』ごま書房
 「シンポジウム南山城の古代文化」『日本のなかの朝鮮文化』41号
 「考古学からみた南山城」『日本のなかの朝鮮文化』41号
 [共著]『考古学の謎解き』講談社
 「対談常識を再吟味する」〔和田翠氏と〕『歴史と人物』9-6
 「埋もれた大和の古代史」『別冊太陽』
 「《図版解説〉奈良県巣山古墳の航空写真」『古代学研究』90号
 『古墳の旅』芸艸杜
 「座談会 壬申の乱をめぐって」〔直木孝次郎氏他と〕『歴史と人物』9−7
 「古墳時代と同時代の中国」『京都新聞』8月30日号夕刊
 『古墳文化小考』現代教養文庫/社会思想社
 「最近の考古学より」大阪日本綿業倶楽部茶話会講演/『月報』326
 「古墳の源流」『毎日新聞』10月12日・13日号夕刊
 『修羅』〔上田正昭氏と対談〕(朝日新聞社)
 「古墳研究ノートー1−古墳と古墳時代という用語をめぐって」『文化史学』35号
 「天皇陵の濠」『朝日新闘』11月5日号夕刊
 [共著]『ゼミナール日本古代史』上(光文社)
 「法隆寺をめぐる古墳文化」『歴史と人物』9−12
 「座談会 難波の古代文化」『日本のなかの朝鮮文化』44号
 「社会的リズムをもった考古学」『アサヒグラフ』2951

昭和55年(1980)52歳
 「考古学西から東から」『歴史と人物』10−1〜10・12・13)
 [共著]『ゼミナール古代史』下(光文社)
 [陳舜臣氏と共著]「『古代人の伝言』朝日新聞社
 [水野祐氏と共著]『空白の古代史』社会思想社
 「縄文・弥生・古墳文化と朝鮮」『日本のなかの朝鮮文化』45号
 「座談会 古事記の時代」〔直木孝次郎氏他と〕『文学』48−4
 「三世紀の自然と人間」『三世紀の考古学』上巻/学生社
 「古代日本海文化と湾」『朝日新聞』5月30日号夕刊
 「シンポジウム 伯耆・因幡の古代文化」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』46号
 「天皇陵古墳の発掘をみる」『アサヒグラフ』2985
 「〈翻訳》G・ダニェル「ヨーロツパの巨石遺構」」『サイエンス』10−9
 「巨石文化のロマン」『人間と文化』三愛新書
 [参加]『天城シンポジウム日本人とは何か』小学館
 「磐代と有間皇子」『古代学研究』94号
 「東アジアから見た邪馬台国」『邪馬台国幻想」集英社
 「倭人せんと会稽」『朝日新聞』12月9日号夕刊
 「日本海文化の急浮上」『歴史と人物』113
 「発掘に研究の余裕を」『アサヒグラフ』3008

昭和56年(1981)53歳
 「座談会 古代の伊豆・駿河・遠江」〔上田正昭氏他と〕『日本のなかの朝鮮文化』49号
 「三世紀の遺跡と遺物」『三世紀の考古学』中巻/学生社
 [共著]『謎の古代-京・近江 京滋文化の源流を探る』(河出書房新杜)
 『竹ベラとペン』(光文社)
 「前方後円墳という謎」『新潮古代美術館12 日本文化の創世紀』新潮社
 『考古学西から東から』(中央公論社)
 「江南から日本への道」『サンケイ新聞』7月20日号夕刊
 [共著]『歴史の中の日本と朝鮮』講談社
 『巨大古墳の世紀』(岩波新書)
 「考古学の欲ばり」『和歌森太郎著作集』第10巻月報
 『考古学ノート』社会思想社
 [編著]『探訪日本の古墳』西日本編(有斐閣)
 「日本文化の源流を探る」大野晋編『新日本語考』朝日新聞社
 「王仲殊論文」『歴史と人物』11−13
 「応用編にさしかかった考古学」『アサヒグラフ』3064号

昭和57年(1982)54歳
 「古代史の疑問−日本人と天皇のルーツ−」『現代の眼』23−1
 「日本古代の石造遺物」『東アジアの古代文化』1月号
 [江上波夫氏と共著]『対論騎馬民族説』徳問書店
 [参加]『天城シンポジウム日本と中国』小学館
 「古代史上における山ノ上古墳」『古代東国の謎に挑む』
 [筆蹟]「草野ニ危言アルハ国家ノ幸福ナリ」『歴史と人物』12−5
 [佐伯有清編]『邪馬台国基本論文集』3に論文再録
 [編著]『考古学と古代史』(同志社大学考古学シリーズ1)
 [編著]『倭人伝を読む』(中公新書)
 「日本海文化の模索」『歴史と人物』12−11
 「対談魏志倭人伝はこう読むべきだ」〔岡田英弘氏と〕『歴史と人物』12−11
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 静岡』保育社
 「シンポジウム大和弥生社会の評価をめぐって」『古代学研究』98号
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 兵庫北部』保育社
 「遺跡保護の初心にかえれ」『アサヒグラフ』3120
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 奈良北部』保育社

昭和58年(1983)55歳
 「座談会 文化の形成と仏教の伝来」〔大林太良氏他と〕『歴史と人物』13−3
 [編著]『日本民俗文化大系第3巻 稲と鉄』小学館
 「大谷古墳をめぐって」『展望アジアの考古学』(樋口隆康教授退官記念論集)
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」についてー」『日本の古代遺跡 香川』保育社
 『NHK市民大学 日本の古墳文化』日本放送出版協会
 [編著」『シンポジウム 古代日本海文化』小学館
 [編著]『沖縄の古代文化』小学館
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 鳥取』保育社
 『倭人伝の世界』小学館
 『三世紀の考古学』下巻(学生社)
 「対談 古代人の風貌」〔埴原和郎氏と〕『アサヒグラフ』3146
 [共著]『日韓理解への道』読売新聞社
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 奈良中部』保育社
 「100号刊行にあたって」『古代学研究』100号
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 大阪中部』保育社
 「眼でみる古代日鮮交流史」『芸術新潮』34−8
 [編著]『古代日本の知恵と技術』(大阪書籍)
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 富山』保育社
 「栄光の発掘24−中国」『芸術新潮』34−1
 「栄光の発掘24−韓国」『芸術新潮』34−1
 「栄光の発掘24−日本」『芸術新潮』34−1
 「韓国の前方後円墳問題に関連して」『古代学研究』101号
 『古代史発掘』78−82年新遺跡カタログ(朝日新聞杜)
 「活性化する地域史の試み」『アサヒグラフ』3176
 「考古学からみた河内平野の古代」『大阪文化誌』16号

昭和59年(1984)56歳
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」についてー」『日本の古代遺跡 群馬西部』保育社
 [編著]『シンポジウム 古代の日本海諸地域』(小学館)
 「座談会 古代日本社会の母性イメージ」〔河合隼雄氏と〕『歴史と人物』14−1
 「曹氏墓出土の倭人字せんと二三の問題」『文化学年報』33号
 『甦る古代への道』徳間書店
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 山梨』保育社
 『考古学西から東から』(中公文庫)
 「古代遺跡と考古学−「日本の古代遺跡」について−」『日本の古代遺跡 兵庫南部』保育社
 「港からみた古代日本海文化」『歴史と人物』14−6
 [編著」『万葉集の考古学』筑摩書房
 [責任監修]『学習まんが少年少女人物日本の歴史』第3巻(小学館)
 [編著」『シンポジウム 東アジアと日本海文化』小学館
 [編著]『韓国の前方後円墳−「松鶴洞一号墳問題」について−』社会思想社
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 宮城』保育社
 [上山春平氏と共編]『空海を解く』(徳間書店)
 「座談会 前方後円墳の終末」〔和田萃氏他と〕『古代学研究』106号
 「韓国の前方後円墳問題」『歴史読本』29-17
 「横口系石槨の木棺資料」『橿原考古学研究所論集』第6/橿原考古学研究所編
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 千葉北部』保育社
 「座談会 古代史はどこまで変わったか」〔上山春平氏他と〕『歴史と人物』14−13
 「問い直された考古学の基本」『アサヒグラフ』3237

昭和60年(1985)57歳
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 島根』保育社
 [編著]『考古学と移住・移転』(同志社大学考古学シリーズ2)
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 奈良南部』保育社
 『巨大古墳−前方後円墳の謎を解く−』草思社
 [編著]『考古学の先覚者たち』中央公論社
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 山形』保育社
 [編著]『日本民俗文化大系』第13巻「技術と民俗」上(小学館)
 「対談 万葉集と考古学」〔土橋寛氏と〕『ちくま』159号)
 「新日本史への旅」『アサヒグラフ』3261〜3332
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 愛媛』保育社
 [大塚初重氏と共編」『登呂遺跡と弥生文化』小学館
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 岡山』保育社
 [共著]『古代日本海文化の源流と発達』大和書房
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 秋田』保育社
 [編著]『日本の古代』1 倭人の登場(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「銅鐸と宮地邦男さん」『古代学研究』109号
 「日本の地域文化と考古学−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」(『日本の古代遺跡 宮崎』保育社
 「発掘と努力の報酬」『アサヒグラフ』3296

昭和61年(1986)58歳
 [対談]「古代史の実像にせまる」〔黒岩重吾氏と〕『週刊読売』1月19日号
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 広島』保育社
 [編著]『日本の古代』2 列島の地域文化(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「韓国の前方後円墳」『古代学研究』110号
 [共著]『日本の古代』3 海をこえての交流(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 京都1』保育社
 「ー九八五年 考古学の成果と問題点」『東アジアの古代文化』47号
 「日本文化における文字と記号」『日本民俗文化大系』第1巻「風土と文化」/小学館
 [編著]『日本の古代』4 縄文・弥生の生活(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 青森』保育社
 『日本民俗文化大系』第14巻「技術と民俗」下(小学館)
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 山口』保育社
 [共著]『中世都市と民衆』新人物往来社
 [編著]『日本の古代』5 前方後円墳の世紀(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「《古代学を試掘する1》磐井の墓か墓墳か」『古代学研究』111号
 [編著」『味噌・醤油・油の来た道』小学館
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 埼玉』保育社
 [共著]『日本の古代』6 王権をめぐる戦い(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「ボルネオの焼畑」(石附教授を偲んで)『古代文化』38−11
 「〈古代学を試掘する2》年号のある遺物の年代」『古代学研究』112号
 「応用問題としての年号銭」『アサヒグラフ』3354

昭和62年(1987)59歳
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 群馬東部』保育社
 「いま考古学から<記紀>見る」『国文学』32−2
 [編著]『古代技術の復権』(小学館)
 [共著]『日本の古代』8 海人の伝統(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「韓国の旅で考えたこと」『アサヒグラフ』3368
 『新日本史への旅』(朝日新聞社)
 「《古代学を試掘する3〉斯麻王大墓と四枚の銅鏡」『古代学研究』113号
 「越の世界と豪族」『古代日本の豪族』学生社
 「一九八六年 考古学の成果と問題点」『東アジアの古代文化』51号
 「日本の地域文化と古代遺跡−「日本の古代遺跡」シリーズについて−」『日本の古代遺跡 東京23区』保育社
 『考古学と地域文化』(同志社大学考古学シリーズ3)
 「対談 日本海の復権−見直される日本海文化−」〔網野善彦氏と〕『歴史読本』32−11
 [共著]『日本の古代』10 山人の生業(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「《古代学を試掘する4》踏み返し鏡は何故作ったか」『古代学研究』114号
 「《シンポジュウム〉鶏の考古学」〔田名部雄一氏他と〕『古代学研究』114号
 「新しい風土記の世界の展開−「日本の古代遺跡36茨城」について−」『日本の古代遺跡 茨城』保育社
 「形象埴輪についての雑考」『群馬の古代を考えるシンポジウム埴輸の時代』上毛新聞社
 「討論」『群馬の古代を考えるシンポジウム埴輸の時代』上毛新聞社
 [編著]『日本の古代』12 女性の力(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「筑紫の臨海性と古代遺跡−「日本の古代遺跡34福岡」について−」『日本の古代遺跡 福岡』保育社
 「わたしの考古学人生」『教養講座講演集』第1集/日本大学工学部
 「《古代学を試掘する5》立石配石墓の立石の産地」『古代学研究』115五号
 [共著]『日韓理解への道』中公文庫
 「岐路にたつ考古学」『アサヒグラフ』3410
 『竹ベラとペン』(社会思想社)

昭和63年(1988)60歳
 「考古学と文献資料−「日本の古代遺跡37徳島」について−」『日本の古代遺跡 徳島』保育社
 『日本文化の開花』(世界の大遺跡 第11巻/講談社)
 [編著]『古代翡翠文化の謎』(新人物往来社)
 「《古代学を試掘する6》生道塩」『古代学研究』116号
 「交錯の日本史」『アサヒグラフ』3427〜3480
 [編著]『考古学の先覚者たち』中公文庫
 『新・古代史発掘』83-87年新遺跡カタログ(朝日新聞社)
 「隼人の考古学−「日本の古代遺跡38鹿児島」について−」『日本の古代遺跡 鹿児島』保育社
 「ヤマトと日本の諸地域」『古代統一政権の成立』学生社
 [共著]『日本の古代』15 古代国家と日本(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「紀伊国人と摂津についての覚書」『求真能道−巽三郎先生古稀記念論集−』
 『考えたり怒ったり』(現代教養文庫/社会思想社)
 [監修]『韓国の古代遺跡』1新羅篇(中央公論社)[『考古学と日本古代』(平6年3月/中央公論社)加筆所収]
 「ヒミコの墓」『邪馬台国の謎に挑む』学生社
 「藤ノ木古墳の調査をめぐって」『アサヒグラフ』3438
 「《古代学を試掘する7》豊富な文字資料としての銅鏡」『古代学研究』117号
 「日本海文化の再発見」『NHK文化講演会』7/NHK編
 [編著]『考古学と技術』同志社大学考古学シリーズ4
 「東北アジアの考古学−「日本の古代遺跡40北海道1」について−」『日本の古代遺跡 北海道1』保育社
 「前方後円墳と平城京の三山」『橿原考古学研究所論集』第9/橿原考古学研究所編
 編著『日本の古代 別巻』「日本人とは何か」(中央公論杜)
 [共著]『邪馬台国の謎』日本放送出版協会
 「《古代学を試掘する8》飛騨の亀塚古墳」『古代学研究』118号

昭和64年・平成1年(1989)61歳
 「藤ノ木古墳の謎を解く」『アサヒグラフ』3468
 [参加]『青銅器の生産・終末期古墳の諸問題』(日本考古学協会編)
 「ファツクスと万歩計」『京都新聞』現代のことば2月14日号夕刊
 [監修]『韓国の古代遺跡』2百済・伽耶篇(中央公論社)
 「吉野ヶ里遺跡と私の楽しさ」『京都新聞』現代のことば4月3日号夕刊
 「河川の美しい水の文化−「日本の古代遺跡39高知」について−」『日本の古代遺跡 高知』保育社
 [石野博信氏と共編]『藤ノ木古墳とその文化』(山川出版社)
 「吉野ケ里遺跡が語りかけるもの」『アサヒグラフ』3487
 「百万人がみた吉野ケ里遺跡」『京都新聞』現代のことば5月22日号夕刊
 「《古代学を試掘する9〉吉野ケ里の周辺地域の意味」『古代学研究』119号
 「さまよえる大王のルーツ」『朝日ジャーナル』6月1日号
 「北京空港の土産物」『京都新聞』現代のことば7月4日号夕刊
 「なぜ起こる重要度と注目度の「差」」『アサヒグラフ』3496
 『海を渡った人びと』(『図説日本の古代』第1巻/中央公論社)
 [共著]『吉野ケ里−邪馬台国が見えてきた−』朝日新聞社
 「東京の大学生と山村の青年」『京都新聞』現代のことば8月12日号夕刊
 「吉野ケ里が語る古代九州」(前・後篇)『歴史読本』34-15・16
 「おまわりさん」『京都新聞』現代のことば9月30日号夕刊
 『木と土と石の文化』『図説日本の古代』第2巻/中央公論社
 「環東シナ海の古代文化−「日本の古代遺跡42長崎」について−」『日本の古代遺跡 長崎』保育社
 [編著]『シンポジウム 古代日本海域の謎』1・2(新人物往来社)
 『コメと金属の時代』『図説日本の古代」第3巻/中央公論社
 「難民か近縁の人たちか」『京都新聞』現代のことば11月17日号夕刊
 「考古学は本当に進んだか」『アサヒグラフ』3522
 「四万十川の古代文化」『春秋生活学』4号/小学館

平成2年(1990)62歳
 「馬と人」『京都新聞』現代のことば1月4日号夕刊
 「吉野ケ里から邪馬台国が見える・上下」『朝日ジャーナル』32−1・2
 「《古代学を試掘する10〉三角縁神獣鏡をめぐる問題@」『古代学研究』120号
 「もったいないとケチ」『京都新聞』現代のことば2月19日号夕刊
 「《古代学を試掘する11〉三角縁神獣鏡をめぐる問題A」『古代学研究』121号
 「日本海地域と大陸文化−「日本の古代遺跡43 石川」−について1」『日本の古代遺跡 石川』保育社
 『諸王権の造型』(『図説日本の古代』第4巻/中央公論社)
 [共著]『国際シンポジウム 古代日本の国際化』(朝日新聞社編)
 「対談 吉野ケ里の古代と中世」「ビジュアル構成その後の吉野ケ里に思う」『無限大』N084
 『交錯の日本史』朝日新聞社
 [松藤和人氏他と共著]『伊木力遺跡』(同志社大学文学部考古学調査報告第7冊)
 [編著]『古代翡翠道の謎』新人物往来社
 「事実は一つ真実は多数」『京都新聞』現代のことば4月12日号夕刊
 「鏡・剣は"彷製超大型銅製品"か!?」『歴史読本』35−7
 「未来の宝庫−「日本の古代遺跡44栃木」について−」『日本の古代遺跡 栃木』保育社
 『文字と都と駅』『図説日本の古代』第5巻/中央公論社
 「《古代学を試掘する12》三角緑神獣鏡をめぐる問題B」『古代学研究』122号
 「有明文化圏と江南」『稲・その源流への道』東アジア文化交流史研究会
 「平成の出開帳」『京都新聞』現代のことば6月1日号夕刊
 [共著]『園部垣内古墳』同志社大学文学部考古学調査報告第6冊
 「日本のコメを食べるの弁」『京都新聞』現代のことば7月20日号夕刊
 [対談]「考古学からみた邪馬台国」〔金関恕・佐原真両氏と〕新聞吉野ヶ里遺跡取材班編
 「注目したい積極的な遺跡活用の機運」(『アサヒグラフ』3649)
 『古代史は変わる』(河合ブツクレツト19)
 [編著]『古代は語る−古代日本人の技術−』(河合出版)
 「特集 列島各地域の円墳−巻頭言」『古代学研究』123号
 「《古代学を試掘する13》今、なぜ円墳か」『古代学研究』123号
 「日本の旅 中国の旅」『京都新聞』現代のことば9月1日号夕刊
 『図説日本の古代』第6巻(中央公論社)
 「大嘗祭における忌部氏の影」『歴史読本』35−15
 「都市計画学者のひとこと」『京都新聞』現代のことば10月19日号夕刊
 「東アジアの発掘が日本に直接影響」『アサヒグラフ』3577
 「最近の吉野ケ里遺跡」『京都新聞』現代のことば12月5日号夕刊

平成3年(1991)63歳
 [編著]『海のむこうから見た吉野ケ里遺跡』社会思想社
 [共著]『古代豪族と朝鮮』(京都府京都文化博物館編/新人物往来社
 「香典と結婚の祝い」『京都新聞』現代のことば2月2日号夕刊
 「〈古代学を試掘する14〉黄金塚古墳と女性の被葬者@」『古代学研究』124号
 「「魏志」倭人伝と考古学」『弥生文化』1991年/平凡社
 「豊臣時代の魚市場」『京都新聞』現代のことば3月18日号夕刊
 [編著]『大阪府史』別巻(第一巻補遺 年表・索引)
 「古墳文化からみた五世紀」(『謎の五世紀』学生社)
 「大都市の地下を掘る」『アサヒグラフ』3592
 『古代日本と古墳文化』講談社学術文庫
 [共著]『関東の考古学』学生社
 「《古代学を試掘する15〉黄金塚古墳と女性の被葬者A」『古代学研究』125号
 「太平洋から盆地の古代文化−「日本の古代遺跡43 福島」について−」『日本の古代遺跡 福島』保育社
 「末永雅雄先生との出会いのころ」『古代学研究』125号
 [共著]『古代日本七つの謎』(文春文庫)
 「コヨリをよっていた先生」『京都新聞』現代のことば5月13日号夕刊
 「倭人と呉越文化」『呉越の風・筑紫の火』東アジア文化交流史研究会
 「金融不安」『京都新聞』現代のことば 6月25日号夕刊
 [編著]『考古学 その見方と解釈』上(筑摩書房)
 [共著]『継体大王の謎に挑む』(六興出版)
 「四つの「イワイ」が示唆するもの」『アサヒグラフ』3602
 『古代史発掘』89−90(朝日新聞杜)
 [編著]『海と列島文化』第2巻 日本海と出雲世界(小学館)
 「西日本に拡がるエミシ勢力」『歴史読本』36−15
 [共著]『継体大王の謎に挑む』(六興出版)
 「瀬戸内海航路と市」『アサヒグラフ』3611
 「小さいのが本当のテレビ局」『京都新聞』現代のことば 8月2日号夕刊
 [編著]『古代王権と玉の謎』(新人物往来社)
 「西安の初秋」『京都新聞』現代のことば 9月17日号夕刊
 「古代における日本と江南」『日中文化研究』2号
 「コヨリをよっていた先生」『考古学ジャーナル』338 末永先生追悼
 「秦の水技術と大江戸」『アサヒグラフ』3621
 「《古代学を試掘する16》黄金塚古墳と女性の被葬者B」『古代学研究』126号
 「半鐘の聞こえる家」『京都新聞』現代のことば2月6日号夕刊
 「銅鏡の銘文を読む」『古代日本金石文の謎』学生杜
 「地域の活性化と遺跡」『アサヒグラフ』3632
 「日本の百宝と南山城」『京都新聞』現代のことば 12月25日号夕刊

平成4年(1992)64歳
 「公開座談会 筑紫平野は古代ハイテク都市だったか」〔安志敏氏他と〕『東アジアの古代文化』70号
 「神話と歴史の接点−「日本の古代遺跡46和歌山」について−」『日本の古代遺跡 和歌山』保育社
 「呉越と倭国」〔福永光司氏他と〕『東アジアの古代文化』70号
 「日中合同シンポジウム 古代往来・倭と呉越」〔金関恕氏他と〕『東アジアの古代文化』70号
 [編著]『海と列島文化』第8巻伊勢と熊野の海(小学館)
 「日本神話の考古学」(93年1月まで連載)(月刊Asahi)
 「べールを脱いだ巨石墳」『アサヒグラフ』3639
 「八十五メートルの大路」『京都新聞』現代のことば2月17日号夕刊
 「日本的伝統技術に基づく出島」『アサヒグラフ』3639
 「甦る古代人の知恵と技術」『マンスリーレポート』136・141・144/日鐵商事企画部[『倭人・クマソ・天皇』(平6年2月/大巧社)加筆所収
 「二枚の似顔絵」『京都新聞』現代のことば4月1日号夕刊
 [編著]『考古学と生活文化』同志社大学考古学シリーズ5
 「《古代学を試掘する17〉見瀬丸山古墳と二つの石棺」『古代学研究』127号
 「唐古・鍵遺跡の楼閣の土器絵画」『朝日新聞』学芸欄5月22日号
 「清洲城と大坂城をつなぐもの」『アサヒグラフ』3652
 「歌垣」『京都新聞』現代のことば5月19日号夕刊
 「考古学からみた「天皇陵」問題」『歴史読本』37−11
 [網野善彦氏と共著]『馬・船・常民−東西交流の日本列島史−』河合出版
 『古代通信』学生社
 「山城にいた海賊」『京都新聞』現代のことば7月15日号夕刊
 [共著]『歴史街道をゆく』PHP
 「天皇陵古墳と発掘」〔上野武氏と〕『世界』571号
 「アケガラス」『京都新聞』現代のことば8月31日号夕刊
 「安積釆女と安達ケ原の鬼婆」『アサヒグラフ』3662
 「女王卑弥呼の時代−倭人伝の語るもの−」『月刊監査役』306/社団法人日本監査役協会[『倭人・クマソ・天皇』(平6年2月/大巧社)加筆所収
「丸山古墳と陵墓問題」(『日本綿業倶楽部月報』九月号/社団法人日本綿業倶楽部)[『倭人・クマソ・天皇』(平6年2月/大巧社)加筆所収
 「松本古代史は何を変えたか」〔江上波夫氏と〕『文芸春秋』70−11
 「活気ある沖縄と舟山群島」『京都新聞』現代のことば10月16日号夕刊
 「《古代学を試掘する18〉巴形銅器をつけた盾@」『古代学研究』128号
 「苦難のなかから生まれた都市の考古学−「日本の古代遺跡28京都2」について−」『日本の古代遺跡 京都2』保育社
 『考古学の世界』3(佐原真氏と監修/ぎょうせい)
 「沖縄と貝の文化」『アサヒグラフ』3676
 「随書琉球国伝と沖縄研究」『アサヒグラフ』3677
 「月夜野・矢瀬遺跡」『京都新聞』現代のことば12月7日号夕刊
 「身近になってきたアジア諸地域」『アサヒグラフ』3683
 「継体大王の古墳と磐井戦争」『大王領と古代豪族の謎』学生社

平成5年(1993)65歳
 「イワイと継体大王』『九州歴史大学講座』N05
 「二〇〇〇人がみた銅鐸」『京都新聞』現代のことば2月1日号夕刊
 [監修]『考古学の世界』4(ぎょうせい)
 [編著]『考古学その見方と解釈』下(筑摩書房)
 『古代史津々浦々』小学館
 「幕府創設以前の鎌倉」『アサヒグラフ』3697
 [共著]『考古学からみた古代韓国と日本』(学生社)
 「さまよえるヤマタイ国」『京都新聞』現代のことば3月23日号夕刊
 「クマソの考古学−中国文化とクマソ−」熊本県免田町での講演[『倭人・クマソ・天皇』(平6年2月/大巧社)加筆所収
 [共著」『南海の王国琉球の世紀』角川選書
 「公開座談会 吉野ケ里と海のシルクロード」〔七田忠昭氏他と〕『東アジアの古代文化』75
 「日中合同シンポジウム 南の視点から吉野ケ里の検証」〔安志敏氏他と〕『東アジアの古代文化』75
 「「森と黒潮」は何を日本に伝えたか」〔安志敏氏他と〕『東アジアの古代文化』75
 [監修]『考古学の世界』1(ぎょうせい)
 「京野菜のルーツ」『京都新聞』現代のことば5月12日号夕刊
 「島の考古学−東シナ海の島々−」『弥生の王国』東アジア文化交流史研究会
 [監修]『考古学の世界』5(ぎょうせい)
 [共著]『継体大王と振媛』大巧社
 [監修]『考古学の世界』2(ぎょうせい)
 「古墳時代の甲斐の勇者」『アサヒグラフ』3713
 「〈古代学を試掘する19〉小銅鐸の用途」『古代学研究』129号
 「近鉄京都線の優先座席」『京都新聞』現代のことば7月6日号夕刊
 『日本神話の考古学』朝日新聞社
 「離島の情報ガイド」『京都新聞』現代のことば8月21日号夕刊
 「考古学で歴史を描ける土地−「日本の古代遺跡47沖縄」について−」『日本の古代遺跡 沖縄』保育社
 「海の生活」『岩波講座日本通史』第1巻
 「古代の堺と大津」『アサヒグラフ』3728
 「ほほえましい文と役にたつ文」『京都新聞』現代のことば10月7日号夕刊
 「古代研究と継体大王」(朝日カルチャーセンター(新宿)での公開講座)[『倭人・クマソ・天皇』(平6年2月/大巧社)加筆所収
 「京都駅の工事と一番ホーム」『京都新聞』現代のことば11月25日号夕刊
 「'93 考古学随想」『アサヒグラフ』3737
 [編著]『埋もれた馬文化』(馬の文化叢書1−古代/馬事文化財団)
 [共著]『日本像を問い直す』小学館

平成6年(1994)66歳
 「不況に思うこと」『京都新聞』現代のことば1月22日号夕刊
 『倭人・クマソ・天皇』(大巧社)
 「古代史の窓」『西日本新聞』文化欄3月17日から毎週(六回連載)
 「二つのいやな言葉」『京都新聞』現代のことば3月5日号夕刊
 『考古学と古代日本』(中央公論社)
 [共編著]『継体大王と尾張の目子媛』(小学館)
 『騎馬民族の道はるか』(日本放送出版協会)
 「グルメあり技術革新あり」〔石野博信氏他と〕『文芸春秋』72−4
 「@わが食物史の記録ができるまで」『中央公論』食の体験的文化史3月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「青龍三年鏡と古墳の保存」『京都新聞』現代のことば4月14日号夕刊
 [編集委員]『日本一短い母への手紙』大巧社
 「唐津−いま文明の十字路で−」(第一部)〔佐々木高明氏他と〕『東アジアの古代文化』79
 「唐津−いま文明の十字路で−」(第二部)〔安志敏氏他と〕『東アジアの古代文化』79
 「古代の船とその周辺」〔賀川光夫氏他と〕『東アジアの古代文化』79
 「Aサケとシャケ」『中央公論』食の体験的文化史4月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [編著]『平安京の不思議』(PHP)
 「対談さまよえる邪馬台国」〔黒岩重吾氏他と〕『文芸春秋』71−4
 「百済王の末裔を名乗る大内氏」『アサヒグラフ』3753
 「Bフカとサメとワニ」『中央公論』食の体験的文化史五月号
 「汲めるとも盡きない歴史の玉手箱−「日本の古代遺跡7飛鳥」について−」『日本の古代遺跡 奈良飛鳥』保育社
 「座談会 邪馬台国は見えたか」〔門脇禎二氏他と〕『文芸春秋』72−8
 「六月の二つの感想」『京都新聞』現代のことば6月17日号夕刊
 [石野博信氏と共著]『対論 銅鐸』学生社
 「C鮎と年魚」『中央公論』食の体験的文化史6月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「川の股、道の股の小都市」『アサヒグラフ』3766
 「D水無月と氷と氷室」『中央公論』食の体験的文化史7月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [松藤和人氏他と共編]『百花台東遺跡』(同志社大学文学部考古学調査報告第8冊)
 「Eマクワウリとシロウリ」『中央公論』食の体験的文化史8月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「水不足と知恵不足」『京都新聞』現代のことば8月2日号夕刊
 『古代技術の復権』(小学館ライブラリー61)
 「鮎市.年魚市.愛知の考古学−「日本の古代遺跡48愛知」について−」『日本の古代遺跡 愛知』保育社
 「三内丸山遺跡に縄文文化を見直す」『アサヒグラフ』3775
 「Fキュウリとニガウリ」『中央公論』食の体験的文化史9月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「三内丸山遺跡の発掘」『京都新聞』現代のことば9月29日号夕刊
 [松藤和人氏他と共編]『糸谷古墳群』(同志社大学文学部考古学調査報告第9冊)
 「座談会 なぜうける『日本一短い「母」への手紙』」〔小田島雄志氏他と〕『中央公論』109−11
 [編著]『考古学と信仰』(同志社大学考古学シリーズ6)
 「Gアワビ」『中央公論』食の体験的文化史10月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [討論]「三内丸山古墳−北のまほろばシンポジウム−」〔大林太良氏他と〕『アサヒグラフ』3780
 「基調発表 東の三内丸山、西の吉野ケ里−二つの巨大遺跡−」『アサヒグラフ』3780
 「"近くて無縁の人問"がふえてくると」『エコノミスト」11月22日号
 「見直し進む縄文文化」『毎日新聞』学芸欄11月24日号
 「Hアジと台アジ」『中央公論』食の体験的文化史11月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「オペラ素戔鳴」『京都新聞』現代のことば11月15日号夕刊
 「94古代史発掘の成果から前進した縄文文化の見直し」『アサヒグラフ』3790
 「《古代学を試掘する20》見通し進む縄文文化」『古代学研究』130号
 「Iハスとレンコン」『中央公論』食の体験的文化史12月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]

平成7年(1995)67歳
 「景色も味のうち」『京都新聞』現代のことば1月10日号夕刊
 「Jブリ」『中央公論』食の体験的文化史1月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「箸墓古墳.陵墓範囲外の調査の意義」『京都新聞』文化欄2月21日号
 「Kフグ」『中央公論』食の体験的文化史2月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「地震考古学との出会い」『京都新聞』現代のことば2月25日号
 「古墳と環境」『古代の環境と考古学』日下雅義編
 「L大根」『中央公論』食の体験的文化史3月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「地域文化と考古学」『古代但馬と日本海』但馬考古学研究会編
 「古代但馬をめぐって」『古代但馬と日本海』但馬考古学研究会編
 「座談会」〔門脇禎二氏他と〕『古代但馬と日本海』但馬考古学研究会編
 「電車二題」『京都新聞』現代のことば4月14日号夕刊
 [編集委員]『日本一短い家族への手紙』(大巧社)
 「Mコンブ」『中央公論』食の体験的文化史4月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [監修]『高句麗の歴史と遺跡』(中央公論社)
 「Nイノシシ」『中央公論』食の体験的文化史5月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「津軽の土地柄」『アサヒグラフ』3810
 『巨大古墳』(草思社)
 「戦後50年考古学は何をしてきたか」〔網野善彦・東野治之氏との座談会〕『中央公論』6月号(110−9)
 「Oカツオ」『中央公論』食の体験的文化史6月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「縄文文化の見直しB」『マンスリー・レポート』N0164/日鐵商事
 「気くばり」『京都新聞』現代のことば6月1日号夕刊
 「海と山のバランスの地−「日本古代遺跡49大分」について−」『日本の古代遺跡 大分』保育社
 「祇園祭のピラミツド」『京都新聞』現代のことば7月18日号夕刊
 「考古学からみた相撲」『読売新聞』7月3日号夕刊
 「P料理人」『中央公論』食の体験的文化史7月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「勝山館に印された東北アジアの潮流」『アサヒグラフ』8月11日号
 「Q倭人伝と生菜」『中央公論』食の体験的文化史8月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「夷王山と武田信広」『アサヒグラフ』3822
 『古代史の窓』(新潮社)
 [共著]『古代史を解く「鍵」』学生社
 『食の体験文化史』(中央公論社)
 「馬琴がほめた京都のうどん」『京都新聞』現代のことば9月1日号夕刊
 「平安時代に犀や象がいたか」『波』九月号/新潮社
 「Rウナギ」『中央公論』食の体験的文化史9月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「《古代学を試掘する21〉最近の研究活動のいくつか」『古代学研究』131号
 [門脇禎二氏と共著]『古代史を解く鍵』(学生社)
 「歩く島の子供」『京都新聞』現代のことば10月23日号夕刊
 [編著]『日本の古代』1倭人の登場(中公文庫)
 「S水」『中央公論』食の体験的文化史10月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [編著]『日本の古代』2列島の地域文化(中公文庫)
 「21ウドン」『中央公論』食の体験的文化史11月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「〈古代学を試掘する22〉段ノ塚式古墳のこと」『古代学研究』132号
 「百済王を思わせる遺物と李朝系瓦」『アサヒグラフ』3836
 [共著]『日本の古代』3海をこえての交流(中公文庫)
 「22ウドンと麺類」『中央公論』食の体験的文化史12月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [編著]『ヤマトタケル−尾張・美濃と英雄伝説−』(大巧杜)
 「飛騨に勇気をあたえる」(飛騨考古学会二十周年記念『飛騨と考古学』飛騨考古学会)
 「藤ノ木古墳が荒らされた」『京都新聞』現代のことば12月2日号夕刊
 「今年の考古学成果におもう」『アサヒグラフ』3842

平成8年(1996)68歳
 「23石鍋ピビンバ」『中央公論』食の体験的文化史1月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [編著]『日本の古代』4縄文・弥生の生活(中公文庫)
 [編著]『天皇陵古墳』(大巧杜)
 [編著]『日本の古代』5前方後円墳の世紀(中公文庫)
 「24イワシ」『中央公論』食の体験的文化史2月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「《古代学を試掘する23》崇神・垂仁から推古に下った狭山池」『古代学研究』133号
 「愛の手紙」『京都新聞』現代のことば2月3日号夕刊
 「携帯電話とJR」『京都新聞』現代のことば3月26日号夕刊
 「戦後考古学はどこまで進んだか−美濃・飛騨を例にとって−」『岐阜』72号(岐阜県郷土資料研究協議会編 講演の記録)
 [共著]『日本の古代』6王権をめぐる戦い(中公文庫)
 [編著]『天皇陵古墳』(大巧社)
 「25豆腐」『中央公論』食の体験的文化史3月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「三星堆の縦目の面」『日中文化交流』96年4月号
 「終戦前後の考古学と僕」(アサヒグラフ別冊)『戦後五〇年古代史発掘総まくり』
 「26サバ」『中央公論』食の体験的文化史4月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [共著]『日本の古代』8海人の伝統(中公文庫)
 「27おスシ」『中央公論』食の体験的文化史5月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「《古代学を試掘する24》縄文時代に物差はあったか」『古代学研究』134号
 「紙と森林保護」『京都新聞』現代のことば5月10日号夕刊
 「前より迫ってきた死」『文芸春秋』96−5臨時増刊号
 「身近な雑事」『京都新聞』現代のことば6月29日号夕刊
 「28お漬物」『中央公論』食の体験的文化史6月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「国境の島に都市をさぐる−対馬「峰町」を掘る−」『アサヒグラフ』3868
 「29お弁当」『中央公論』食の体験的文化史7月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 [共著]『日本の古代』9山人の生活(中公文庫)
 「《古代学を試掘する25》蕨手状渦文のある神輿」『古代学研究』135号
 「30ソバ」『中央公論』食の体験的文化史8月号[『食の体験文化史』平7年9月)所収]
 「カザフのパオの一夜」『京都新聞』現代のことば8月15日号夕刊
 「縄文人の躍動の土地−「日本の古代遺跡 50長崎」について−」『日本の古代遺跡 長崎』保育社
 [編著]『日本の古代』12 女性の力(中公文庫)
 「楠元哲夫君のこと」(楠元哲夫『宇陀の古墳文化』/楠元哲夫氏追悼著作集刊行会編)
 「旅は歩くもの」『社会保険』9月号
 「31ナス」『中央公論』食の体験的文化史9月号)[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]
 「ほんとのヒント・縄文文化論」『朝日新聞』10月20日号
 「世界遺産古都の玄関」『京都新聞』現代のことば10月2日号夕刊
 「淡々と語られた蝦夷文化−「日本の古代遺跡51 岩手」について−」『日本の古代遺跡 岩手』保育社
 「32十四間の中国の食卓・野菜篇」『中央公論』食の体験的文化史10月号[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]
 「てきとうふきの人」(朝日文芸文庫『司馬遼太郎の遺産』)
 「三本の矢と三兄弟に象徴される地域」『アサヒグラフ』3888号
 「《古代学を試掘する26〉中国考古学の二資料」(『古代学研究』136号)
 「やた鏡を祀る国−「日本の古代遺跡52 三重」について−」(『日本の古代遺跡 三重』保育社)
 [共編]『壬申の乱』(大巧社)
 「33十四間の中国の食卓・羊豚篇」(『中央公論』食の体験的文化史11月号)[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]
 「小さなこと大きいこと」『京都新聞』現代のことば2月22日号夕刊
 [編著]『日本の古代』15 古代国家と日本(中公文庫)
 「銅鐸から考古学を考える」(『アサヒグラフ』3896号 大特集96古代史発掘総まくり)
 「34栗」(『中央公論』食の体験的文化史12月号)[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]

平成9年(1997)69歳
 「35ハマグリとアサリ」『中央公論』食の体験的文化史1月号)[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]
 「一口の水車」『京都新聞』現代のことば1月13日号夕刊
 「36シジミ」(『中央公論』食の体験的文化史2月号)[『食の体験文化史2』(平9.3)所収]
 「名作『オホーツク街道』と考古学−「日本の古代遺跡41 北海道2」について−」『日本の古代遺跡 北海道2』保育社
 「《古代学を試掘する27》集安の王陵研究と合掌式石室」『古代学研究』137号
 「土器に隠れた木の文化」『The is 読売』二月号(特別企画 縄文その魅力をたどる)
 『食の体験文化史2』(中央公論社)
 「考古学の報道に問題はないか」『中央公論』112−4
 「潮時」『京都新聞』現代のことば3月6日号夕刊
 「考古学の報道に間題はないか−邪馬台国大和説という思い込みですべてが進行する−」『中央公論』3月号
 「大和はじめ各地に拠点 古代「出雲」に注目」『朝日新聞』3月14日号夕刊
 「37お餅」『中央公論』食の体験的文化史4月号
 「日本一短い手紙」『京都新聞』現代のことば4月21日号夕刊
 「画家を描いた司馬さんとの旅」『司馬遼太郎と歩いた25年「街道をゆく」展』朝日新聞社
 「論壇・文化生む道守る行政努力を」『熊本日日新聞』4月6日号
 「九州、吉備、出雲、大和の不思議な関係」『歴史街道』4月号
 「三艘の船描いた土器-岐阜・大垣荒尾南遺跡」『読売新聞』4月23日号夕刊
 「《古代学を試掘する28》出雲の外の出雲(補訂稿)」『古代学研究』138号
 「徹底討論 歴史学考古学の第一人者が語り解く古代出雲世界の真実」〔門脇禎二氏と〕『歴史読本』42−5
 「古代日本人の智恵と技術−考古学からみた橋・道・港」(財団法人大阪土木技術協会編『The 25th Anniversary Commemorative Forum』2月29日の講演記録)
 [対談]「加茂岩倉遺跡の衝撃と可能性」〔門脇禎二氏と〕『歴史読本』4 2巻5号
 [対談]「古代出雲と銅鐸の謎」〔豊田有恒氏と〕『古代史発見シリーズ4出雲王権は存在したか』学習研究社
 「古代の日本人の技術」(講演記録)『電気学会誌』vol.27
 「38里芋」『中央公論』食の体験的文化史5月号
 「論壇・手紙が結ぶ交流の意図」『熊本日日新聞』5月4日号
 「銅鐸の絵を読み解く」『読売新聞』5月2日号
 「土器の絵が物語る弥生後期の船 記紀との関連も注目」『読売新聞』5月8日号夕刊
 「長良川と大和川」
 「奴国から博多へ」『アサヒグラフ』6月1日
 「真実を世に出す報道を」『熊本日日新聞』6月1日号
 「講義資料.藤ノ木古墳の世界」(第15回奈良学セミナー「奈良の文化と東アジア」奈良市中央公民館)
 「39フナ」『中央公論』食の体験的文化史6月号
 「長良川と大和川」『京都新聞』現代のことば6月23日号夕刊
 「40ナットウ」『中央公論』食の体験的文化史7月号
 「巨大古墳はなぜ造られた−鉄の王朝の国際戦略−」〔宮崎淑子氏と〕『堂々日本史』第8巻(中央出版)
 [対談]「考古学からみた邪馬台国」〔金関恕・佐原真両氏と〕(東京新聞吉野ケ里取材班編『邪馬台国と吉野ケ里』学生社
 [書評]「木の聲−稲本正著「随所に見られる縄文文化見直し論」−」『読売新聞』7月22日号朝刊
 「《古代学を試掘する29》遺跡学から見た銅鏡」『古代学研究』139号
 [共編著]『飛騨−よみがえる山国の歴史−』(大巧社)
 「古代史報道は冷静に」『週間文春』8月28日号
 「序文」(王維坤『中日の古代都城と文物交流の研究』同志社国際主義教育委員会)
 「三内丸山遺跡と津軽海峡」『アサヒグラフ』3928
 「41蛸とタコ焼」『中央公論』食の体験的文化史8月号
 「花とお葬式」『京都新聞』現代のことば8月14日号夕刊
 [書評]「「どぶ」に込めた先人の生活感−栗田彰著「江戸の下水道」−」『読売新聞』8月17日号朝刊
 「42カキ」『中央公論』食の体験的文化史9月号
 [共著]『シンポジウム日本像を問い直す』(小学館ライブラリー)
 「43牛乳」『中央公論』食の体験的文化史10月号
 「解明進むわが国の古代史−相次ぐ縄文・弥生・古墳時代の新発見−」『経済人』51−10
 [共編]『瀬戸内の海人たち 交流がはぐくんだ歴史と文化』(中国新聞社)
 「小京都と本物の京都」『京都新聞』現代のことば10月14日号夕刊
 「銅鐸と水神」『アサヒグラフ』3943
 「出雲へのまなざし」『アサヒグラフ』3943
 「私の太鼓判!とっておきのこの店この味」『マップルマガジンたべあるき京都98』通巻433号 昭文社
 「44蒲鉾と天プラ」『中央公論』食の体験的文化史11月号
 [考古学対談]「安満宮古墳から出土の青銅鏡 三角縁神獣鏡は日本製」〔奥野正男氏と〕『京都新聞』11月4日号
 「平安京以前の京都」『アサヒグラフ』3944
 「45タマゴ」『中央公論』食の体験的文化史12月号
 [共編]『渡来人 尾張・美濃と渡来文化 第4回春日井シンポジウム』(大巧社)
 「年の暮れ、二つの感想」『京都新聞』現代のことば12月9日号夕刊
 [書評]「史料から描く古都の新側面−松尾剛次著「中世都市鎌倉を歩く」−」『読売新聞』12月14日号朝刊
 「対馬に重点を置き東アジアヘの目配り」『読売新聞』読書委員、1997年私のベスト3 12月21日号朝刊
 「考古学の本当の面白さ」『アサヒグラフ』3950

平成10年(1998)70歳
 「46お茶」『中央公論』食の体験的文化史1月号
 「《特集高松塚古墳壁画発見25周年記念シンポジウム》再度高松塚古墳の被葬者を考える」〔網干善教氏・伊達宗泰氏らと]『古代学研究』140号
 「《古代学を試掘する30》小松市見学記」『古代学研究』140号
 「47タイ」『中央公論』食の体験的文化史2月号
 「三角縁縁神獣鏡は卑弥呼を映すか」『読売』月号(ここまでわかった邪馬台国)
 「寒さが身にしみる」『京都新聞』現代のことば2月16日号夕刊
 「《古代学を試掘する31》黒塚古墳と三四面の銅鏡」『古代学研究』141号
 「48カキ(蠣)」『中央公論』食の体験的文化史3月号
 「座談会 初期ヤマト政権の有力侯補地は?大和東南部から三角縁神獣鏡が大量出土」〔樋口隆康氏、上田正昭氏と〕『サンデー毎日』77−9(卑弥呼の鏡 三角縁神獣鏡)
 「49バイとサザエ」『中央公論』食の体験的文化史4月号
 [対談]「三角縁神獣鏡は「卑弥呼の鏡」ではない」〔黒岩重吾氏と〕『文芸春秋』4月号
 「三角縁神獣鏡が照らす古代日本の技術と文化」『論座』36
 「古着と還魂紙」『京都新聞』現代のことば4月9日号夕刊
 「50ワカメ」『中央公論』食の体験的文化史5月号
 「黒塚古墳の銅鏡に学ぶもの 日本文化の複雑さ解くカギに」『京都新聞』5月12日号朝刊
 「陣と張という鏡作りの工人」『アサヒグラフ』3971
 「《古代学を試掘する32》出土位置からの三角縁盤龍鏡の検討」『古代学研究』142号
 「51トリ」『中央公論』食の体験的文化史6月号
 『考古学へのまなざし 地中から甦る本当の歴史』 (大巧社)
 「川の文化を見直そう」『京都新聞』現代のことば6月9日号夕刊
 「52ウニ・ナマコ・ホヤ」『中央公論』食の体験的文化史7月号
 『古代探求−森浩一70の疑問』(中央公論社)
 「53クジラ」『中央公論』食の体験的文化史8月号
 「立ちっばなしの長野新幹線」『京都新聞』現代のことば8月17日号夕刊
 「最終回ご飯」『中央公論』食の体験的文化史9月号