出現は1958年 場所は長野県飯田市
このかわった名字の由来は、戦国時代末期の伝説をもつが、その詳細は不明。

1985年 同志社大学大学院文学研究科博士課程前期修了
 在学中に京都市の二条家東辺地点(鎌倉〜江戸時代)と平安京高倉宮・曇華院跡(鎌倉〜江戸時代)、滋賀県の北小松古墳群(古墳時代)、長崎県の百花台遺跡(旧石器時代)と伊木力遺跡(縄文時代)、兵庫県の本庄町遺跡(弥生・古墳・鎌倉時代)と鴨谷池遺跡(古墳時代)、長野県の早稲田遺跡(縄文・平安〜室町時代)と前田遺跡(縄文時代)、大阪府の舳松南高田遺跡(古墳時代)の調査に参加。
 二条家東辺地点(同志社幼稚園・同窓会館)の調査が私の中近世考古学研究のはじまりで、その後ひたすら土師器皿の実測と窯歩きをおこなう。

1985年 (財)大阪文化財センター(1995年から (財)大阪府文化財調査研究センターに改組)で埋蔵文化財の調査に従事。
 関わった遺跡は、真福寺遺跡・丹上(たんじょう)遺跡・観音寺遺跡・太井(たい)遺跡・日置荘(ひきしょう)遺跡・小阪遺跡・大坂城跡。1年間の事務局勤務の後、1999年3月に大坂城跡6年間の調査報告をまとめる。
 真福寺遺跡はその後に有名になった河内鋳物師の鋳造土坑がみつかった遺跡で、隣接する地区で発見された奈良時代の白炭窯と7世紀の瓦窯の調査を担当。太井遺跡は新羅土器と奈良時代の鋳造土坑の発見で有名。小阪遺跡は関西で稀な縄文時代の遺跡。

1998年3月  博士(文化史学)(同志社大学)
1999年4月  同志社大学 歴史資料館 学芸員
2000年10月 同志社大学 歴史資料館 専任講師
2004年4月  同志社大学 歴史資料館 助教授
2005年4月  同志社大学 文化情報学部文化情報学科 助教授(文化財解析)
2007年4月  同志社大学 文化情報学部文化情報学科 博士前期課程准教授(文化財解析)
2010年4月  同志社大学 文化情報学部文化情報学科 博士前期課程教授(歴史文化情報研究室)

1990年 国立歴史民俗博物館 資料調査委員
1991年4月〜1993年3月 国立歴史民俗博物館 共同研究員
1995年9月〜2000年9月 同志社大学文学部 嘱託講師
1995年4月〜2002年3月 佛教大学通信教育部 非常勤講師
1998年 国立歴史民俗博物館 研究協力者
2002年4月〜2004年3月 花園大学文学部 非常勤講師
2002年4月〜2005年3月 国際日本文化研究センター 共同研究員
2003年4月〜 佛教大学アジア宗教文化情報研究所学外研究員
2003年9月〜2005年3月 多賀町敏満寺遺跡石仏谷調査委員
2004年4月〜2005年3月 神戸大学文学部 非常勤講師
2005年2月〜2005年3月 上京歴史探訪館設立構想検討委員
2005年2月〜2005年3月 史跡及び名勝笠置山保存管理計画改定検討委員
2005年7月〜 京都市上京区しみん文化部会委員
2005年8月〜2006年3月 史跡および名勝笠置山保存管理計画改定並びに道路計画検討委員
2005年9月〜 京都市上京歴史探訪館運営協議会理事
2006年4月〜2010年3月 科学研究費基盤研究B「歴史史料と中世都市の情報学的研究」(研究代表:東京大学助教授本郷和人)研究分担者
2007年1月〜3月 成相寺旧境内発掘調査委員会委員(宮津市)
2007年4月〜 平成19年度史跡名勝笠置山発掘調査委員会委員(笠置町)
2007年10月28日 平戸オランダ商館復元検討会専門委員
2009年5月〜2011月3月 国立歴史民俗博物館共同研究員
2009年7月〜2011年3月 平成21年度京都府中世城館跡調査委員会委員
2009年7月〜2010年3月 京都市上京区基本計画策定委員会魅力発信部会部会長(アドヴァイザ−)
2010年1月〜3月 成相寺旧境内・難波野遺跡発掘調査委員会委員(宮津市)
2010年3月〜2011年3月 史跡百済寺境内保存活用計画策定委員会委員(東近江市)
2011年4月〜2012年3月 平成23年度京都府中世城館跡調査委員会委員
2011年4月〜2012月3月 国立歴史民俗博物館共同研究員・展示プロジェクト委員
2011年10月〜2012年3月 成相寺旧境内・難波野遺跡発掘調査委員会委員(宮津市)
2011年10月15日 「大学のまち京都・学生のまち京都」「基本計画策定委員」表彰(京都市)
2011年11月 上京まち歩きツアーコンテスト審査委員会委員長(京都市上京区)
2011年11月〜 元離宮二条城記念物保存整備専門委員会委員(京都市)
2012年1月〜2013年3月 史跡敏満寺石仏谷墓跡保存整備検討委員長(多賀町)
2012年2月〜 長野県考古学会藤森栄一賞選考委員
2012年4月〜2013年3月 平成24年度京都府中世城館跡調査委員会委員
2012年4月〜2013年3月 成相寺旧境内・難波野遺跡発掘調査委員会委員(宮津市)


 専攻は日本考古学(中世)および文化史学です。考古学を軸として、おおむね平安時代以降のあらゆる歴史事象を研究の対象としています。

 中世・近世の考古学に初めて触れたのは、1979年の夏から秋にかけて、同志社大学の校地学術調査委員会によっておこなわれた同志社幼稚園の発掘調査でした。それ以来、京都をベースに、東は郷里の長野県での調査をふまえ、西は大阪での調査経験を軸として、日本列島の地域性を意識しながら、都市・町・村などの消費地遺跡における、平安時代以降の考古学的研究をおこなっています。

 その中で研究の対象は、遺物を中心とした時間軸の検討の段階(魚住窯須恵器の編年・京都型土師器皿の編年・大阪府南部の瓦質土器の編年)から、その生産と流通の問題へ移行し、そして現在では遺構や遺物の出土状況とその意味を考えた上での、遺跡を軸とした地域における社会力学の多変量解析的な研究に進み、その手がかりを地理学の均衡配置の理論にさぐっています。

 なお2001年度より科研にて石清水八幡宮門前と普賢寺谷中世居館群のGIS的研究をおこないました。



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